『エゼキエル書』
第29章
エジプトに対する預言集(1.)
ネブカドネザルの報酬
(省略)
第30章
エジプトに対する預言集(2.)
ヤハウェの言葉が私に臨んで言った。
「人の子よ、預言せよ。
あなたは言わなければならない、ヤハウェがこう言ったと。
喚け、ああ、その日よと。
実に日は近い、ヤハウェの日は近い。
それは※①雲のかかる日、諸国民の審きの時。
剣がエジプトに来たり、戦慄がクシュにはしる。
エジプトで刺し貫かれた者が斃れる時、
人々はその財を奪い取り、その基は崩される。
クシュ、プト、ルド、あらゆる雑多の民、
※②クブ、そして⁑わが契約の地の子等(カナンの地)は、
彼等と共に剣に斃れるであろう。」
ヤハウェはこう言った。
「エジプトの支持者等は斃れ、その誇る砦は瓦解するであろう。
※③ミグドルからスウェネまで、彼等は剣に斃れるであろう。」
とは主ヤハウェの御告げ。
「彼等は荒廃する国々の中で最も荒廃し、
その町々は廃墟とされた町々の中で最もひどい荒廃となるであろう。
こうして、わたしがエジプトに火を放ち、
その援兵達がすべて潰される時、
彼等は知るであろう、わたしがヤハウェであると。
その日、安穏としているクシュを恐怖に陥れるために、
わたしの前から船で使者達が出て行く。
エジプトの日、彼等の中に戦慄がはしる。
実に見よ、それはやって来る。」
主ヤハウェはこう言った。
「わたしはバベルの王ネブカドネザルの手によって、
エジプトの群勢を消滅させる。
彼と彼に伴う民、すなわち諸国民の中の凶暴な者達は、
その地を滅ぼすために駆り出され、エジプトに向かって彼等の剣をふるい、
その地を刺し貫かれた者共で満たすであろう。
わたしはまたナイル河を干上がらせ、その地を悪者共の手に売り渡し、
地とそこに満ちるものを異国人の手によって荒廃させる。
わたし、ヤハウェがこれを語ったのである。」
主ヤハウェはこう言った。
「わたしが偶像を滅ぼし、
虚像を⁑ノフ(⁑エジプトンのメンフィス)から消滅させる。
もはやエジプトの地から指導者は起こらない。
わたしはエジプトの地に恐れを置く。
わたしは※④パトロスを荒廃させ、
ツォアンに火を放ち、ノオに審きを行う。
またわが憤怒をエジプトの避け所であるシンに注ぎ、ノオの群勢を断つ。
わたしはエジプトに火を放つ。
シンはのたうちまわり、ノオは裂かれ、
ノフには白昼に敵共が出没するであろう。
※⑤オンとピ・ベゼトの若者達は剣に斃れ、女達は連行されて行くであろう。
わたしがエジプトの軛を砕く時、※⑥タフパンヘスでは昼が止み、
その誇る砦もその場で消滅するであろう。
エジプトの地を雲が覆い、その娘達は連行されて行く。
こうして、わたしはエジプトに審きを行い、彼等は知るであろう、
わたしがヤハウェであると。」
❖補足文
(※①雲のかかる日…字義通りには「雲の日」。雲はヤハウェの権能を示す。<出エジプト24:15>他。
※②クブ…おそらくルブ(リビア)の誤記。<ナホ3:9>参照。
※③ミグドルからスウェネ…ミグドルはアジアとの、スウェネ(アスワン)は南方のクシュ(エチオピア)との国境。
※④パトロス~ノオに審きを行う。…パトロスはエジプト語で上エジプトのこと。ツォアン(=タニス)も、ノオ(=テーベ、)70人訳ディオポリス)も、シン(=サイス)もエジプトの主要都市。
※⑤オンとピ・ゼネト…オン(原文はアウェン「悪事」と読ませる)はヘリオポリス。
ピ・ゼネトもナイル・デルタ地帯の都市。
※⑥タフマンヘス…ナイルデルタ東端の都市。「止む」は退く、ハサクをハシャクと読み替えれば、暗くなる。)
エジプトに対する預言集 (3.)
第11年、1月7日、ヤハウェの言葉が私に臨んで言った。
「人の子よ、エジプトのファラオの腕を、わたしはへし折った。
見よ、それは治療を受けるために、添木を当てて固定するために、
剣をつかめるほどに強くなるために、包帯を巻かれることはない。」
そえれゆえ、主ヤハウェはこう言った。
「見よ、わたしはエジプトの王ファラオに立ち向かい、
その⁑両腕(⁑軍隊の比喩)を、
強い方の腕とへし折られた方の腕をへし折り、その手から剣を落とす。
わたしはエジプトを諸国民の中に追い散らし、彼等を国々に散らす。
わたしはむしろバベルの王の腕を強くし、その手にわが剣を与える。
ファラオの腕をわたしはへし折る。
彼はバベルの王の前で、刺し貫かれた者の呻きをもって呻くであろう。
わたしはバベルの王の腕を強くし、ファラオの腕はくず折れるであろう。
こうして、わたしがバベルの王の手にわが剣を与え、
彼がそれをエジプトの上に伸ばす時、
彼等は知るであろう、私がヤハウェであると。
わたしはエジプトを諸国民の中に追い散らし、彼等を国々に散らす。
こうして、彼等は知るであろう、わたしがヤハウェであると。」
第31章
エジプトに対する預言集(4.)
第11年、3月1日、ヤハウェの言葉が私に臨んで言った。
「人の子よ、エジプトの王ファラオと彼の群勢に言え。
その大きさにおいて、お前は比類なかった。
※①いわば糸杉、レバノンの香伯。
枝は美しく、森の陰を作り、丈は高く、その梢は雲間にあった。
水がこれを育て、※②原始の海が彼を高くした。
それは彼の苗床にその流れを行き巡らせ、
野のあらゆる木々にその水路を届けたのだった。
こうして、その丈は野のどんな木よりも高くなった。
その小枝は茂り、大枝は長く伸びた。
送られた豊かな水によって。
その小枝には空のあらゆる鳥が巣を作り、
大枝の下では野のあらゆる獣が子を生んだ。
その木陰には多くの民がみな住み着いた。
大きさと上枝の長さゆえ、それは美しかった。
根が豊かな水に届いていたからである。
神々の園(エデンの園)で、どんな香伯もこれに及ばなかった。
杜松はその小枝にも等しくはなかった。
鈴懸けはその大枝のようでさえなかった。
神々の園のどんな木でさえも、
その美しさにおいてこれに及ばなかった。
わたしが多くの上枝をもってこれを美しく造ったので、
神々の園にあったあらゆるエデンの木々がこれに嫉妬した。
それゆえ、主ヤハウェはこう言った。
「⁑彼(⁑エジプト)は丈が高くなり、その梢を雲間に届かせるや、
その高さによって心が高慢になったゆえに、
わたしは諸国民の中の権力者の手に渡した。
権力者はその邪悪さに応じて彼を処分するであろう。
わたしは彼を追放した。諸国民の中で最も凶暴な異国人が彼を切り倒し、
彼を山に置き去りにした。あらゆる谷にその上枝は倒れ落ち、
大枝は地のあらゆる川床でへし折られた。
その木陰から地のあらゆる民は下り去り、彼を置き去りにした。
その倒れた幹に空のあらゆる鳥が宿り、
その大枝に野のあらゆる獣がひそんだ。
それは、水辺のあらゆる木々の丈が高くならず、その梢を雲間に届かせず、
水に潤う木々すべてが自らに頼って高く立つことがないためである。
実に、これらすべては死に渡される。
地の底に、人の子等の間に、穴に下る者達のところに。」
主ヤハウェはこう言った。
「彼が陰府(よみ)に下る日、
わたしは彼の死を原始の海に悼ませ、彼を原始の海で覆った。
わたしはその流れを押し止めた。
豊かな水は閉じ込められた。
わたしはまた彼の死をレバノンに悲しませた。
野の木々はみな、彼ゆえに無力になった。
わたしが彼を、穴に下る者達と共に下らせた時、
わたしは彼の倒壊の音をもって諸国民を揺さぶった。
エデンの木々はみな、選りすぐりのものも、レバノンの最良のものも、
水に潤うものはみな、※③地の底で自ら慰めを得た。
彼等も彼と共に陰府に、剣に刺し貫かれた者達のところに下った。
諸国民の間で彼の陰に住んでいた※④彼の側近もまた。
このように、栄光において、また偉大さにおいて、
お前はエデンの木々の中で比類なかったが、
エデンの木々と共に地の底に下らせられる。
無割礼の者達の中で、お前は剣に刺し貫かれた者達と共に横たわるであろう。
これがファラオと彼の全群勢の運命である。」
とは主ヤハウェの御告げ。
❖補足文
(※①いわば糸杉…原文アッシュル「アッシリア」をテアッシュルと読み替える。
※②原始の海が彼を高くした。…原語テホーム「混沌の海」。ここでは木の根が地価の「原始の海」にまで達し、そこから養分を得ていたということ。
※③地の底で自ら慰めを得た。…美しい樹木エジプト、彼でさえ冥界に落ちたことで、他の木々(諸国民)は自らの滅びの運命を納得した、ということ。16:51-52などに通じる強烈な皮肉。
※④彼の側近もまた…この個所は70人訳「彼の子孫、彼の陰に住む者達はその生存中に息絶えた」をはじめ古代訳に様々に伝えられる。試訳では、「彼の子孫」、「彼の授け手」、「彼等は息絶えた」などと読み替えられる。「彼の側近(原意「彼の腕」)は、そのままにし、ヤーシェブー「彼等は住んだ」をヨーシェベー「…に住んでいた者達」と読み替える。)
この、第31章において、ヤハウェはエジプトのことを、レバノンの糸杉に譬えていますが、補注・用語解説によると、香伯、レバノン杉について、
「レバノン山脈の高度1500ー1900メートルあたりのところに生息しており、香り高い建材として、エジプトやメソポタミアの王達がこれを求めて遠征した。ソロモンもエルサレム神殿にレバノン杉の建材を用いた。<王列記。上6:9>以下。現在では原生林はほとんど見られない。」
と書かれています。
内容からもその雄大で瑞々しく、すばらしい樹木の姿が描かれていましたね。
ただ、神はレバノン杉をエジプトに譬えたからといっても、レバノン杉のように、
美しくエジプトを作ったわけでも、愛したわけでもありませんでした。
第29章を省略しましたので、補足しますと、29章では神はエジプトを「ナイル河の鰐(ワニ)」に譬えています。
前回の「ツロ」の時とニュアンスが違いますが、ここでも、皮肉と対比の表現で用いられています。