tekuteku-tekutekuの日記

聖書研究と陰謀論

シュメール文明や世界の歴史年代表と聖書の年代表の差 2.

 ノアの大洪水から二ムロドまで

 

 

 前回の続きで、実際の現在の世界史年表と聖書の年代表との差について、聖書の年代表が絶対正しいと考えておりますので、単純に計算すると、世界最古の文明とされるシュメール年代表を代表に考えると、BC8000年の石器時代に始まるシュメールと、聖書のアダム創生からACまで4026年の差年は3974年になります。つまり、世界史は3974年分も歴史年代を水増しているのです。文字を最初に使ったとされるシュメール文明を元に歴史を紐解いているようですが、

『シュメール神話の世界』中央新書によれば、「(ノアの大洪水2370年)「大洪水以前」の5都市は文化の発展を示す神話時代であるが、洪水以降の各王朝はシュメル人にとっていわば「世界史」、つまり「史実」であり、現実であった。」

と書かれています。これはつまり言い換えるならば、

「洪水以前」はシュメル人にとって言えば、神話時代であるので各王朝は「世界史」でもなく「史実」でもないと認めていることになるのです。

 

 

 前回話したように、アダムからノアの洪水までは1656年です。その間にアダムからノアまでの家系図は9代になっています。人類で生き残ったのはノアの家族だけなので、洪水後からは、ノアの家族から人類は出発し、世界に広がったことになります。

 

 

 さて、1656年間に生きていたのはアダムの子孫だけではありませんでした。

(何回も同じ説明をしておりますが、)

この期間の途中から、天の子等、いわゆる人間の女を見てよこしまな欲望を抱いた「見張りの天使達」とその堕天使となった天使と結婚して子供を産んだ女達とその子供(巨人)達が生きていました。その巨人がいた時代はエノクの父ヤレドの時代には既に存在していました。

ヤレドはアダムから数えて5代目の長子になります。因みにアダムは930歳まで生きて死にました。そのヤレドから数えてノアまでは4代目になります。

巨人が世界中を破壊し、又人間達の心やその行動が全て悪に染まっているのを神がご覧になり、

 

<創世記6:7>

 ヤハウェは言った。「わたしは自ら創造した人を大地から拭い去ろう。人だけでなく獣までも、這う生き物までも、空の鳥までも。これらを造ったことが実に悔やまれる。」

 

と言われ、神による大洪水が起こされたのです。

しかし、ノアだけが神の恵みを得ることが出来て神による指導の下、箱舟を作り逃れることが出来たのです。

 

 

 ノアの時代の始まりはBC2370年ですから、ここからアダム時代の最初の頃のように、狩りや農耕に始まり、牧畜その他へと徐々に発展していきました。

ノアは現代の教える原始人のはじめではないので、洪水以前の時代のあらゆる教育や技術を身に着けていた文明を初めから持った人物でしたし、その息子たちに至っても同様でした。

ですから、短期間で農耕から始まった文明が発達して、人口の増加と共に発展し、都市化していったことも不思議なことではありません。だいたい元々頭のいい人間が、農耕から都市化に至るまで1000年も掛かるという方が不思議です。

実際、聖書でもアダムの最初の子供のカインの子孫について、

 

<創世記4:21>

 そして、その兄弟の名はユバルと言った。彼は、すべての竪琴と笛を扱う者の始祖となった。一方、チラの方もトバル・カインを産んだ。これは銅と鉄のあらゆる道具を鍛造(たんぞう)する者であった。

 

 と前回も書きましたが、現代のような文化の始祖があり、技術があったことが伺えます。

ということは、シュメール文明は人類最古の文明ではあるけれど、既に最初から高い技術を洪水以前の時代からノアが既に受け継いでいたので、巷で言う都市伝説の「シュメール人は初めから高い建築技術や計算術を知っていた。」というのは当たり前なのです。そして、聖書では

 

 

<創世記10:8>

 クシュはまた、二ムロドを設けた。彼は地上で最初の勇士となった。彼はヤハウェの前に狩猟の勇士となった。そこで、「ヤハウェの前に狩猟の勇士たること、二ムロドのごとく」と言われるのである。彼の王国のはじめは、※シンアルの地の※バベル、※エレク、アッカド、※カルネであった。その地から※アッシュルが出た。

彼はニネべ、レホボト・イル、カラハ、ニネべとカラハの間のレセンを建てた。

 

 

◆補足文

 ※シンアル=南メソポタミア

 ※バベル=バビロン

 ※エレク=ウルク・シュメール以来の都市

 ※カルネ=北シリア

 ※アッシュル=古代アッシリアの都市

 

 

 と書かれてあります。二ムロドはノアの3人の息子のハムの孫にあたります。

だいたいこの時代の寿命は長かったので、例えばアダムは930年生き、セトは920年、飛んでヤレドは862年生きて死にました。

ノアは600歳の時に洪水が起きて、950歳で死んでいます。しかしノア以降はだんだん寿命が縮んでいきます。ノアの息子は、セム、ハム、ャぺテの3人ですが、残念ながら聖書で年齢が書かれているのはセトの子孫だけです。(ノアの一番大切だった子供の家系のみ)

セムは600歳まで生きて死に、セムの息子アルパクシャドは438歳まで、その息子シェラハは433歳まで、次の息子エベルは464歳まで、その次は更に縮んでペルグは239歳、彼の息子レウも239歳で亡くなっています。

 

 このセムの家系の寿命を参考にしてみれば、ハムもセムの600歳に近いがそれより短い寿命、(罪深いと長生きできなかった可能性あり)そしてその息子クシュは438歳より短いか同じくらいの寿命、その息子である二ムロドも433歳より短いかそれと同じくらいの寿命だったと推察しています。

 

 あくまでも推察なので、本当のところは分かりませんが、ここで二ムロドが聖書でいう世界最初の勇士であり王だったというのであれば、シュメール文明の王名では誰に当たるのかということになります。

上記のように、シュメール、メソポタミア全土を支配したと考えられる二ムロドは、私の勝手な憶測ですが、やはりBC2800年頃に誕生したとされるキシュ第一王朝のギルガメッシュが二ムロドではないかと考えています。

 

 なぜなら、知っての通りギルガメッシュ王は、古代メソポタミアにおいて最も有名な英雄とされているということと、「ギルガメシュ叙事詩」の神話の内容からして、二ムロドの伝承を神話として美化して残したのであろうことが想像に難くないからです。

 

 

 

 

聖書の世界最初の王である二ムロドは、古代メソポタミアの英雄ギルガメッシュである可能性

 

 

 二ムロドが古代の英雄ギルガメッシュであると仮定してみるなら、この美化されたギルガメッシュの英雄武勇伝の神話「ギルガメシュ叙事詩」の中で、聖書と同じような世界の創造と大洪水の物語が展開されていたとしてもなんら不思議でも何でもない。ということになります。

 

 

 なぜなら、ノアの子孫である二ムロドが祖父であるハムから、子供の頃からノアの洪水伝説を聞いていないはずはないからです。

 

そして、世界中にある「洪水伝説」が似たり寄ったりであるのも、これも当然のことになります。ノアの子孫が世界中に増えて散らばっていったのだから、そのノアの時代に起きたこと、またはその人類の最初であるアダムからその時代までを、祖父から、父へ、その子供達へと伝承されていったはずならば似ていて当然ではないでしょうか?

ただ、一つだけ違うのは、宗教であり、その信仰の神は誰なのかということだけなのです。

 

ノアの子供達3人の子孫が、ノアと同じ神、つまり「ャハウェ」を信仰し続けたのか、それともャハウェ以外(創造主以外の)を神と崇めたかです。

 

分かり易いですよね。

聖書に書かれている通り、ハムの子孫はノアに呪われています。

ですから、ハムの子孫はヤハウェ信仰を辞めてしまっているのです。

ヤハウェ以外の神といえば、堕天使の頂点となっている「ルシフェル」と「見張りの天使達」とルシフェル側に付いたその他の天使達がそれにあたります。数で言えば天上界の3分の1が堕天使となったと記されていますので、相当の数の神々といえます。

世界中にたくさんの神々の名前が存在して、その宗教が生まれるのも頷けます。

 

 ハムの子孫、そして残念ながらャぺテの子孫も後にヤハウェ以外の神、悪魔崇拝に加担していっていますから古代から戦争が絶えないのはもはや当たり前ですね。

 

 

 少し脱線してしまいましたが、ノアの洪水伝説がシュメールよりも後に書かれたという理由だけで、聖書の「大洪水」伝説が『ギルガメシュ叙事詩』のマネであるというのは全く間違った論述であると考えています。

 

もし、聖書の「ノアの洪水」と『ギルガメシュ叙事詩』の両方を読んだことがあるならどちらが歴史的史実に近いのかは直ぐに分かると思います。

『シュメル神話の世界』によれば、シュメールの「洪水伝説」は、神々が人間を滅ぼすために大洪水を引き起こすことを決定したのだけれど、なぜ神々は労働を肩代わりさせるために造った人間を滅ぼさなければならなかったのか?についての理由は直接語られていない。と述べています。実に辻褄の合わない物語の展開といえますね。

ところが、聖書の「ノアの洪水穿設」はストーリーの展開に矛盾がなく神の意図も明確です。

 

 そして更に、「ノアの箱舟」については実在した証拠もあるのです。

 

●参考動画

ドキュメンタリー「ノアの箱舟

驚くべき発見!「恐竜、ノアの箱舟」ロス・パターソン

 2本ともサンライズミニストリー配信

 

 

 トルコにあるアララト山頂に「ノアの箱舟」に間違いないとされる木片の構造物が発見されています。この構造物は、聖書の記述通りにぴったりと一致した形と寸法であることと、炭素年代測定においてもノアの時代と一致しており、ほぼ間違いないと言われているのです。

 

 

 因みに、洪水伝説の「創世記」を書いたのはモーセです。

 モーセは神による霊感によって執筆を始めました。そして、その「創世記」を書き終えた年代はBC1513年でした。

それから、「出エジプトレビ記」は1512年

民数記申命記」は1473年に書き終えられた事が判っています。

この時代のシュメールではバビロン第一王朝王滅亡後(BC1595年後)からカッシート朝バビロニアメソポタミア北部に中期アッシリア王国があった時代になります。

BC1400年にアマルナ時代に入っています。

 

(※現在残っているシュメル語版はBC2000年期前半の古バビロニア時代に書かれた粘土板で、ニップル市から出土しました。物語の4分の1しか残っていなくて、分からない部分も多いようです。これは、アッカド語で書かれた「ギルガメシュ叙事詩」の中で語られている内容とほぼ同じであるとしています。)

 

 しかし、注目してほしいのは、その後BC1200年になって初めて『ギルガメッシュ叙事詩』が標準版成立されたのです。

これは、BC1473年にモーセが創世記~申命記までを執筆し終えたよりも273年も後なのです。この事実も意味があるように思えます。

 

 

 

 

 二ムロドの名前の意味 

 

 二ムロドの名前の意味は、ヘブライ語で「我等は神に反逆する」という意味であり、彼の都バベル(バビロン)も「神の門」もしくは「混乱する」という意味です。

バビロンには50以上の神殿があったといわれており、おびただしい占術・降霊魔術、富と悪徳で栄える資本主義、偶像崇拝の象徴とされていました。

それに『ユダヤの古代史』を書いたフラウィウス・ヨセフスは、「バベルの塔」について、この物語は、人々が大洪水を引き起こしたか神への復讐のために塔を建てたと解釈していました。

そして神に対し、このような侮辱的な行為に出るように民衆を扇動した者はハムの孫で、強壮な体力を誇る鉄面皮人の二ムロドだったとしています。

 

 二ムロドは、神のおかげで都市が繁栄したのではなく、自分達の知恵と力によるものであるとして民衆に訴えました。そして神が再び洪水を起こすというのなら、水が達しないような高い塔を建てて、父祖達の滅亡の 復讐をしようと考えたのです。

人々も二ムロデの「神に従うことは奴隷なることである」という考えに賛同し、塔の建設に取り組んだのです。

また、ラビ伝承でも、「ノアの子孫二ムロド王は、神に挑戦する目的で剣を持ち、天を威嚇する像を塔の頂上に建てた。」と言われています。

 

 

 二ムロドが神を呪っていたとするなら、ャハウェによる地球創世や人類創世を全否定することも、ノアの洪水伝説を歪曲したとしてもなんら不思議なことではありません。

やはり二ムロドが、それらをわざとすり替えて、自分の英雄武勇伝として残したのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

シュメール文明や世界の歴史年代表と聖書の年代表の差 1.

 

 前回はシュメール文明が起こり、そして滅亡した理由は灌漑農耕によるものだったことを説明しましたが、以前から個人的に非常に気になっていることがありまして、それは、世界の歴史年代表と聖書による歴史年代表が嚙み合っていないというものです。

 

 特に、聖書では、この地球を創造したのは、神であり、人類やその他の動物全部の種も神が創造されたことになっていますから、世界の一般的な地球創造からあらゆる生物や動物、人類も自然の進化によって発展してきたことになっている一般的な常識論とされる歴史とは大きな隔たりがあるのです。

私も聖書を学ぶまでは、後者の学校で習った「ダーウィンの進化論」を信じて自然に進化してきたとされる歴史年代を信じていました。

しかし、聖書を何年も学ぶ内に、聖書の書かれている歴史年代表が正しいのだと確信するようになったのです。

そして、近年「フラット・アース」の話題が盛り上がったり、「巨人伝説」のリアルな話が幾つも公になるにつれ、益々、やはり聖書の記述に間違いはないということが段々人類に明らかになってきたなと感じています。

しかし世間ではまだまだ、これらを単なる「陰謀論」だと片付ける人々も多くいるのも事実ですが、反論したい人には反論させておけばいいのです。

 

 

 …ということで、この先は私なりの調査、推察でここから論じてみたいと思います。

まず、前回より紹介しております、『緑の世界史・上』より、西南アジア・メソポタミアの年代表を並べてみます。

 

 

 紀元前(BC)

・9000年     羊の家畜化が始まる

・8500年     最初の半定住が始まる

・8000年     ヒトツブ小麦/エンマ小麦/大麦の本格的栽培化

           山羊の家畜化

・7000年     エリコ/ッァタル・フュークの町が栄える

・6500年     豚の家畜化

・5500年     フジスタンで最初の灌漑農耕

・5000年     メソポタミアに最初の定住

・4500年     シュメールで大規模な寺院建設・車輪の使用

・3500年     シュメールで最初の文字(シュメル語)

・3000年     シュメールに最初の大都市/階層社会/非宗教的、

           世俗的統治者の出現

 

 …となっており、別の『シュメル神話の世界』中央新書による年代表では

 

 

(BC)

・8000年     新石器時代農耕開始

・7000年後半   スタンプ印章の出現

・5000年     ウバイド文化期/灌漑農耕の開始

・3500年     ウルク文化期/都市文明成立

・3200年     円筒印章の出現

・2900年     初期王朝時代

 

 

 …となっており、世界の年代表においては、『緑の世界史・上』では

 

(BC)

・6000年     中国でキビの栽培化  

           ヨーロッパで牛の家畜化/最初の陶器土器

           中央アメリカでコショウ・トマト・かぼちゃ

           ひょうたんの栽培           

・5500年     黄河流域に最初の集落

・5000年     中央アメリカでトウモロコシの高収量品種/最初の集落の発達

・2000年     最初の都市/階層化した社会の出現

・1000年     中央アメリカで最初の祭礼の中心地

・ 500年     メキシコ湾外沿いのオルメカ文化が起きる

・   1年     テオティワカンに大規模な都市が発達

 

 

 …となっており、『シュメル神話の世界』では

 

 

(BC)

・7000年後半   エジプトの農耕開始

・5000年     中国新石器時代

・3500年     エジプト・ナカーダⅡ文化期

・3100年     ヒエログリフ(聖刻文字)の出現

・3000年     エジプトの初期王朝の始まり

 

 

 

 …となっています。この2冊の年代表で分かることは、確かにシュメールが中国や中央アメリカよりも農耕開始や都市化への発展が早かったことが伺えます。

しかし、エジプトの農耕開始は7000年後半となっている点においては、シュメールとエジプトの位置関係を考えると人類の交流の行き来はあったでしょうから、いかにも文明的に100年以上はおそらく開いていたとして、開きすぎの感じは否めない気もします。それに、農耕開始が例えば100年遅れて始まったと仮定しても、何故かエジプトの方が、初期王朝時代の始まりが100年早いのも疑問に思います。

 

 

 聖書においては、どのようになっているかといえば、神がアダムとイヴを創造されたとされる年代は(BC)4026年であり、つまりそれ以前は地球創造を6日間でされたことになっています。この6日間は神の1日は1000年と言われていますので、6000年の後に、アダムとイヴを創造されたことになります。

この(BC)4026年というのは、聖書の歴史的出来事や人物から年代数値を正確に計算されたもので定説となっており、現在の(Ac)2021年を足せば、アダムの創造から現代までは6046年経っていることになります。

 

(※ここで、私が最初のブログ記事で7000年以上と勘違いして伝えておりましたので、そこの辺りは訂正いたします。勉強不足でした。申し訳ありません。

今後も間違いが出ましたら訂正いたします。ご容赦くださいませ。)

 

 聖書的には人類の出現から現代まで、まだ6046年しか経っていないというのは、聖書を学んでいない人達からすると信じられないことかもしれません。

かつて、私も一般的な歴史を信じていたので、進化論を疑ってみたことなどなく、ごく自然に受け入れていました。聖書にしても、学ぶ以前は、世界で最も古い書物だというけれど、古いのだから伝説的なもの?宗教的な神話的なものなんだろうと考えていました。

しかし、調べていくうちに、いかにこの世で延々と世界の常識、教育とされてきたものがデタラメで、捏造や歪曲され、洗脳されてきたことが判るようになりました。

それに、世界中で支配者達が優遇している王立アカデミー、科学から医療やら教育関係やら何から何まで、彼等が意図して牛耳っている機関以外の、まともな科学者達、教育者達、医療関係者達、もしくは協会による調査や発表によれば、「聖書こそ真の歴史であり、科学であった。」と言っているのです。

 

 ●お勧めの動画『聖書を裏付ける科学』サンライズミニストリー

 

 聖書では、神がアダムに農耕を教えたとなっており、アダムの最初の子供のカインとアベルは、カインは農耕を、アベルは羊飼いをしています。

そして、後のカインの子孫達について、ヤバルは、家畜をもって天幕に住む父祖となり、彼の弟ユバルは、竪琴と笛を奏する者すべての父祖となり、トバル・カインも鍛冶屋となり、青銅と鉄を扱うすべての父祖となったと書かれています。

 

 アダムのもう一人の子供セトの子孫については聖書は詳しく書かれていませんが、いずれにせよ、人類の始まりはこのアダムの子供のカインとセト(アダムはカインに殺害された後の子供)の子孫が地上に増え始めることとなりました。そして、霊的な事件が起き、堕天使と人間の子供であるネフィリムがそれに加わり、神による人類への制裁の「大洪水」まで続くことになるのです。

 

 ネフィリムはそのまま巨人であり、これは世界中で何百体?とかなりの化石が恐竜と共に数発見済みとなっていますので、これも実在していました。

 

 

 とりあえず、ここまでで次回に続きます。

 

 

 

 

  

 

シュメール文明(バビロン文明)は突然現れ、突然消えたのではない。

 

 よく、巷で言われている世界で最古の文明「シュメール」について、シュメール人はどこからともなく現れ、高度な文明を築き発展したが、なぜか突然と姿を消してしまった。なぜ彼等が消えてしまったのかは未だに謎である。などと出回っておりますが、は実は誇張された作り話なのです。

 

 

■ シュメール文明が消えていった理由は、

実は農業の灌漑による土地の荒廃のせいだった。

 

 

 

<1>シュメール神話の「アヌンナキ」が人類の最初などではない。 

 

 

 『緑の世界史 上・下巻』クライブ・ポンディング著によれば、専門家達の調べでは、世界最初の人類はエチオピア南アフリカとを結ぶ熱帯・亜熱帯のような様々な場所に住んでいたことが判っています。その頃の人口はまだ当然少なく、まばらに分布し、主に植物を採集して食糧とし、動物の死肉をあさったり、自らも小さな動物を捕えながら少人数の集団で暮らしていました。この、狩猟採集を基本とする生活形態が農耕の始まる約1万年前ごろまで続いたとしています。

2000万年前に南アフリカや東アフリカに出現した人類は、約1万年前までに地球上のすべての大陸に分布を拡げてゆきました。人類は様々な能力を身に着けながら、ゆっくりと定住域を拡大していったのです。

 

 

 『緑の世界史』は環境の視点から世界史を見つめて20年間考察と文献、調査、歴史学者や考古学者、人類学者など様々な分野の科学者、経済学者など膨大な著作から多大な資料をもとに書かれた本です。著作のクライブ氏は、環境と歴史を20年近く調べ続けてきて、環境問題が単に自然環境だけの問題でなく、資源やエネルギーの利用、貧富の差、民族問題、世界観などの社会的な問題も考えに入れなければ理解できないものだと確信した。と前置きしています。

 

 というこの冒頭の文章だけでも、巷でよく言われる、シュメール神話を信じて宇宙人が人類の最初の「アヌンナキ」を創造したというのは、全くのデタラメであるのは明快です。

 

 

 

<2>世界最初の農業の開始は中国・西南アジア・中央アメリカの3地域である。

 

 

 世界最初の農業についても最初に開始し始めたのは中国や西南アジア、中央アメリカの3地域であり、それらの地域には共通性があり、同様の移行過程が認められています。中でも現在のパレスチナ、シリアからアナトリア南部を経てイランのザクロス山脈にいたる「三日月地帯」であるとしています。

 

 この作物を栽培し、家畜の放牧をして大量の食糧の供給を可能とするという生活様式にすることにより、人類はどんどん発展していくことになったのです。

その後、階級制を持つ複雑な定住社会に発展してゆき、人口も急増していきました。

農業発生前夜の約1万年前、世界の人口は約400万人で、その後極めてゆっくり増加して、前5000年頃には500万人に達したとされています。

 

 紀元前5000年を境に決定的な時代を迎え、大規模な定住社会の発展に人口は1000年ごとに2倍のペースで増え続け、紀元前1000年には5000万人、次の500年で1億人、更に紀元前2000年には2億人に達しました。

 

 

 

<3>定住農業から発展して都市となった

 

 

 定住農業がゆるやかに広がるにつれ紀元前7000年頃には西南アジア地域の各地に小さな集落が誕生し、その後次第に西南アジア全域で定住性が高くなっていったようです。更に恒久的に大人口を支えられるまでに食糧生産が向上した地域では、人類史上初の都市が出現しました。

既に紀元前6500年頃には、防壁に囲まれた面積が4ヘクタールほどの小さな町がエリコに出来ていました。

アナトリア南部のッァタル・フュークでは面積が13ヘクタールを超える大きな町も成長しつつありました。紀元前6000年頃には西南アジアでは人類社会の転換の第一段階は完了し、定住生活が一般的になっていきました。

 

 この農業の発展と定住生活の安定が生産物=財産とみなされ、また非農業従事者、土器や道具、その他の集団が必要とする特別な製品を作る職人たちなど、様々な社会的な環境が生まれる中で、宗教的、社会をまとめて指導する政治的な支配階級が出現したとされています。

 

 

 ……とここまでで、はっきりしていることは、西南アジアつまり、メソポタミアの地域から始まった農業の発展、食糧の安定化などの理由でもって人口の増加につながり、更に時代を経て都市化となったわけで、いきなり高度なシュメール文明が起こされたわけではなかったという、当たり前な話が真実です。

 

 

 

<4>メソポタミアの灌漑農業

 

 

 上記にも記したように、西南アジアの最初の農業は乾燥地で起こされました。すなわち、穀物生産に必要な水はすべて天水、降水による雨に依存していたのです。

 

 紀元前5500年頃、メソポタミアの東縁部にあたるイラン南西部のフジスタンで、灌漑が始まりました。このことは、かつて農業を生み出したのと同じ人口圧が存在していたことを示しています。

灌漑は水路の建設や維持のために天水農業よりもさらに労働が必要ですが、小面積の農地からでもはるかに高い生産が可能になることが有利な点でした。

 

 紀元前7000年~6000年の間、西南アジアの農業人口の分布は主として高地に限られていました。ところがその後人口が急激に増加したとみえて、1000年間ほどで天水農業に適した土地は耕し尽くされてしまったのです。この時点でいくつかの集落はメソポタミアに進出して、厳しい環境の土地の開墾を余儀なくされました。

ここは十分な降水、石材、木材も無く、灌漑技術は不可欠のものとなりました。はじめのうちは居住地は比較的耕作の容易なメソポタミア北部に展開し、その後次第にもっと大規模な灌漑の必要な南部地域に広がっていきました。

 

 土地は肥沃で、はじめのうちは豊かな収穫があり、高い余剰生産も確保されましたが、水路の建設と、維持の技術的な問題から、土地はあっても灌漑できるのはその内一部に限られていました。このため、限られた土地で最大の生産を上げるために組織と統制が重要性を帯びてきたのです。

人口が増加の一途をたどり、それ以上拡張すべき土地もなくなってくると集落の密度は高まりました。こうした要因がすべてメソポタミアの発展の原動力となったのです。

 

 

 

<5>都市化と宗教組織

 

 

 紀元前5000年を過ぎる頃には、メソポタミア一体には文化的にはほぼ同一の社会が広がっていました。主に川の堤防に沿って集落が作られ、灌漑設備も比較的小規模で単純なものでしたが、このような居住地にはほとんどが小さな町や村の体裁をなして、広い範囲に等間隔に散在していました。農業は食糧の確保に不可欠のものでしたが、狩猟や周辺の沼沢地で漁労も依然として重要な食糧獲得の手段でした。

 

 この地域のもっとも古い都市でも、定住の初期からかなりの程度進んだ社会組織があったことが考古学調査で分かってきています。ほとんどすべての小都市の中心には大神殿があり、住民全員の食糧の生産と分配を管理して、農民、聖職者、職人の各階層に資源を再分配する中心的な役割を果たしていました。

 

 紀元前4000年以降の南部メソポタミアでは、このような社会内部を統制する動きは益々強くなり、ウルクには巨大大神殿が立ち並び、定期的に建て直されました。

中でも大きなものは、間口60メートル、奥行き67メートル、高さ12メートルもありました。こうした巨大建造物の造営には、膨大な労働力を組織化する必要があったはずで、当時すでに宗教組織の統制力は極めて強大であったことを物語っています。

 

 紀元前3500年には、祭祀の中心地になっていたウルク周辺には小集落しかなかったのですが、500年後にはウルクの人口は急激に増加し、約5万人に達し、一方周辺の集落の数は逆に146~24までに減少しました。

このことは、政治権力がさらに強大化し、その統制のもとで都市への強制移住が行われたことを反映していると考えられています。ウル、キシュ、ラガシュ、ウンマなど周辺諸都市でもこれほど急激ではなくとも、同様の過程が進行しました。これらの都市の人口はどれも1万~2万人でした。

 

 こうした都市化の進行と並行して、灌漑施設は次第に大規模で複雑になり、河川から隔たった土地にも建設されるようになりました。人口は増え続け、食糧増産に必要な農地を拡げるために、広大な地域にわたって自然の流路のないところまで用水路が掘り進められました。

 

 紀元前3000年ごろまで、シュメールの名で知られるメソポタミア南地域では8つの強大な都市国家が互いに覇権を競っていました。しかし、これらの都市の内部では社会の激変が起きていたのです。実は、この頃には、耕作者自身が必要とする量をはるかに上回る大きな生産が可能となり、こうした余剰食糧の存在が社会的に大きな意味を持つことになっていました。

余剰生産物の輸送、貯蔵、再分配にわたる流通を組織化できる機関が必要となったのです。余剰生産物の管理は、必然的に農地の所有者と耕作者、あるいは食糧の権利者といった問題に発展し、この意味では神殿はその当初からメソポタミアの社会形成の主役となっていたのです。

 

 最初の定住社会では、神殿がすべての土地を所有し、聖職者と官史が食糧の集荷、貯蔵、分配の責任を持ち、平等に配給されることが多かったのです。例えばシュルッパクでは神殿が9660頭mのロバを所有するなど他の農業手段も集中的に管理し、耕作は賊役労働によってまかなわれました。

 

宗教的特権の階級の権力は留まるところを知りませんでした。権力者達は常に支配を強化し、余剰生産物を収奪し、少しでも多くの資源を支配下に収めることによって更に強大な権力を手にしたのです。

 

 

 

 

◆補足文

(※シュメール文明、最も栄華をつくしたバビロン時代の文明は、よく現代の世紀末文明と似ていると言われています。

丁度、現在ビル・ゲイツが世界中の農地を買いまくって世界の食糧を一基に牛耳ろうとしています。医療分野に引き続いて、彼は本当にロスチャイルドやロックフェラーの従者ですよね。つまり彼等のN・W・Oのために行っているのです。

現代の支配階級のイルミや王族も宗教は悪魔崇拝ですが、この時代の宗教でも悪魔崇拝を堂々とやっていました。なぜそう言えるかというと、シュメール文明には数多くの「呪文」のテキストが残されているからです。

 

 ちくま学芸文庫『シュメール神話集成』杉 勇・尾崎 亨著の解説書によれば、バビロニア人は様々な病気は色々な悪霊の仕業であると信じており、夜暗く寂しい道をうっかり通ろうとするなら、ガルラ霊、ナムタル霊、悪いウドゥグ霊、ディムメ霊等々が一斉にその人に躍りかかって病気を惹起すると恐れていたといいます。

そこで、なんとかこれらの悪霊を病人から追い出そうという願いをこめて、バビロニア人達は実にたくさんの種類の呪文を考え出し、その内容に従って幾つもの呪文集が編纂され、コピーされて流布していったと説明されています。

シュメール神話の中でも呪術に関するお話しがよく出てきます。

これは正しい神様の指示するものとは真逆の行為であり、まったくの違反なのです。

つまり、シュメール人達が信じて崇めていた神々は悪魔の神ということになるのです。

 

 また、聖書においてもイザヤ書において多くのバビロンに対する神の非難と滅びの宣言がなされています。そして呪術についても以下のようにあります。

バビロンの呪術者に対する神の言葉です。

<イザヤ47:9~>

…あなたのおびただしい呪術のために、あなたの呪い(まじない)のみなぎる威力のために甚だしく。そしてあなたは絶えず自分の悪に依り頼んだ。あなたは言った。「私を見ている者は誰もいない。」と。あなたの知恵とあなたの知識、それがあなたを誘い出したのである。……それで災いは必ずあなたに臨む。あなたはそれに対する呪文を知らない。そして逆境があなたを襲う。あなたはそれを転じさせることができない。……さあ、あなたの呪いと、あなたが若い時から労してきたそのおびただしい呪術とをもってじっと立て。あるいはそれがあなたの益になるかもしれない。あるいはあなたは人々に畏敬の念を起こさせることが出来るのかもしれない。あなたはその大勢の助言者にうみ疲れた。天を崇拝する者達、星を見る者達、新月の時にあなたに臨むことに関する知識を授ける者達、さあ、彼等を立ち上がらせてみよ、あなたを救わせてみよ。見よ、彼等は刈り株のようになった。火が必ず彼等を焼き尽くす。彼等は炎の力から自分の魂を救い出せないであろう。

 

 

 ……ということで、やはりこのバビロン文明と現代は非常によく似ていると認めざる得ないのです。)

 

 

 

<6>農業による環境破壊

 

 

 農耕の開始に伴い、定住型の社会が成立して人口が着実に増加するようになると、環境に加わる負担は増大していきました。その影響は初めのうちこそ局所的にしか現れませんでしたが、農耕の拡大に伴って広い地域に広がっていきました。

北ヨーロッパや西ヨーロッパの温帯地域では、気候が温暖で降水量が多く、土壌も肥沃なために、生態系はそうした負担にもかなり耐えることが出来ました。しかし、その他の地域では生態系が破壊されやすく、人口密度も高かったことから、農耕が始まり定住型の生活形態が確立してから1000年も経たずにその影響が現れ始めました。

 

 農業という言葉は、人類に都合のいい動植物を育てるために、自然の生態系を破壊して人工の生活空間を作ると言う意味を含んでいます。すなわち、農業を行うことで生態系が本来的に備えているバランスや固有の安定性は失われてしまうのです。

自然状態の地表は多様な植物によって半永久的に覆われていますが、農業が始まると少数の作物が一時的に空間を利用するだけとなります。地表は激しい風雨にさらされ、自然の生態系の場合に比べて土壌の浸食速度ははるかに速くなります。

 

 灌漑の利用はさらに破壊的な意味を持ちます。灌漑農法は降雨だけによる天水農法よりもさらに人工的な環境を作り出すからです。やせた土地であっても、大量の水をやれば好きな作物を作れるかもしれません。しかし、それは長期的には破壊的な結果につながるのです。余分な水は地下に浸透し、地域によって早い遅いの差はあっても、いずれは地下水位が上昇して土壌は水浸しになるのです。

とくに地表からの水分蒸壌の化学組成をも変えてしまうのです。つまり地下から高濃度の塩分を運び上げ、特に地表からの水分蒸壌が激しい暑い地域では、最後には分厚い塩類の層が地表をおおって農耕が不可能となるのです。これを避けるには、水をやりすぎないことと土壌を長期間休ませることの他に方法はありません。

 

 大規模な環境の改変が最初になされたのはメソポタミアです。従って、環境破壊の広汎な影響がメソポタミアで最初に現れたことも驚くにあたりません。

シュメール文明の初期の都市を発掘した一人であるレオナード・ウーリーは、1936年の著書『カルデア人のウル』の中で、樹木もほとんどなく荒涼とした現在のメソポタミア南部の景観に困惑して、次のように述べています。

メソポタミアの砂漠を見ただけでは、古代世界を思い出すことは殆ど不可能だろう。現在と当時とはあまりにも違いすぎる。この空虚な荒野にかつては花が咲き乱れ、人口稠密(ちゅうみつ)な都市に食べ物をもたらしていたなどと納得することはできない。ウルが帝国の首都であり、シュメールがかつては広大な穀倉地帯であったなら、どうして人口は次第に縮小してついに無に帰してしまったのだろう。他でもない、大地が人を裏切ったとでもいうのだろうか。」

ウーリーの問いかけに対する答えはこうです。シュメール人自身が、南部メソポタミアの厳しい環境の中から骨折って作り上げた世界を破壊してしまったからなのです。

 

 メソポタミアの北部では、晩秋から冬にかけて雨が降るために状況はまだましだったものの、降水量が極めて少ないことに変わりなく、その雨も南部までは届かなかったことが多かったのです。このためシュメール地域で作物を作ろうとするならば、貯水と灌漑の2つが絶対に必要でした。しかし、シュメールの地域においては貯水も灌漑も長所と短所を併せ持つ諸刃の剣になりました。初めのうちは長所の方が短所よりも勝っていましたが、次第に一連の重大な問題が目立つようになってきたのです。

 

 夏の気温はしばしば40度に達し、地表から水分の蒸発が激しいために土壌中の塩類濃度が上昇しました。貯水と灌漑の結果、地中深くに蓄えられて水の量は増大し、それに従って地下水位は異常に上昇し、地表が水浸しになる現象が発生しました。この地域の土壌は透水性が非常に低い上に、地形が極めて平坦であることから水がよどみやすく、この「帯水現象」に拍車をかけたのです。

 

 

 紀元前約3000年に、シュメール社会は世界で最初の文字を持ちました。都市国家の寺院には詳細な行政記録が保存されています。これ等の記録をもとに、環境問題が深刻化し、農耕方式が変化していった様子を推し量ることができるのです。

 

 シュメールの初期王朝時代は紀元前2370年に外部の征服を受けるまで600年以上続きましたが、その時期には、キシュ、ウルク、ウル、ラガシュおいった主要な都市はいずれも軍事国家でした。これらの社会は、灌漑によって余剰の食糧に依存しながら、国家を動かす官僚と、絶えず地域支配をもくろむ軍隊を養っていました。

これらすべての国家は、小麦と大麦の大規模栽培に支えられていましたが、灌漑による環境悪化によってこうした農業の基盤は徐々に蝕まれていきました。

 

紀元前2500年までには小麦の生産は全作物のわずか15%に低下しました。2100年までにウルは小麦の生産を放棄しました。

シュメールは全域で見てもこの時点で小麦の生産は全作物の2%にまで落ち込んでいました。2000年までにイシンとラルサの両都市は小麦の生産を止めました。

そして1700年までには、南部メソポタミア全域で小麦の栽培が出来なくなるほどに土壌の塩類濃度は高くなっていたのです。

 

 

 <7>シュメール文明の崩壊

シュメールとその年の歴史は、農業基盤の衰退と

驚くほど歩調を合わせて推移している。

 

 

 栄華を誇った強力な都市国家時代からバビロニアによる征服にいたるこの期間を通して、農産物の収穫は一貫して減り続けました。その結果、この地域では独立国家を長期間維持することが非常に困難でした。

紀元前1800年には、収穫量は初期王朝時代の3分の1程度になっていましたが、それまでにシュメールの農業基盤は事実上崩壊し、メソポタミア文明の中心地は北部へと移ったままになりました。

北部では帝国が代々続いて地域を支配しましたが、一方シュメールは人の住まない疲弊した辺境としての意味しか持たなくなってしまったのです。

シュメール文明を支えた人工の農業方式は極めて脆弱であり、それが最後には文明を崩壊に導いてしまったのです。

 

 

 ……はい。以上でシュメール文明が消えた本当の理由は、冒頭のタイトルの通り、農業の灌漑による土地の荒廃のせいだった。で間違いはありません。

突然高度な文明が現れ、突然消えたのではなく、徐々に高度な文明を築き、発展し、最後は人工的な農法によって徐々に自滅したということですよね。

 

 どうしてこれらのデマをTVやネット、又は書籍で宣伝するのか?

それはつまり、知っている人は知っている、『宇宙プロパガンダ』を推し進めたい

イルミの罠なのです。

宇宙人は古代から地球に関与していたんだ。霊的な創造主など存在しない」というのを人類に信じさせ、広める目的がそこにはあるのです。

 

 

 

 

 

 

 

罰の当たる人当たらない人

 「罰の当たる人当たらない人」

 

 

 神があなたを愛しているかどうかを知る手がかりを教えます。

 

端的に云えば、自分が何か人間関係やあらゆる出来事の中で、心の中で思い測った行動の結果がどれも上手くいかず失敗し痛い目にあった時、もしくは一時は上手くいって成功しても後で酷い目にあって痛い思いをした時に、あなたがどのように感じたかで判断することが出来ます。

 

 例えば、「ああ、これはきっと自業自得なんだ。自分の思い測ったことが神様の目に悪かったから、神様が自分に罰を当てたんだな。これは反省して悔い改めよということなんだな。」と思える人は神に愛されている人です。

 

その反対に、「くそ!今回は失敗して痛い目に遭ったが、次には上手くやってやるぞ。」と全く反省をしない人は神に愛されているかどうか怪しい人です。

しかし失敗を何度繰り返しても、反省をするどころか更に悪いことを計画して行動するような人は、神の愛はその人からどんどん遠ざかっているといえます。

そういう人は要注意です。

 

 

 そして、神の愛が完全にその人から遠ざかって忘れ去られた人を教えます。

その人に神は罰をもう与えません。それゆえ、その人はどんなに悪計を心に思い描き、実行に移しても失敗しないようになっていきます。

言うまでもなく、悪魔に愛され、悪魔の霊がその人を支援しているからです。

またそうした人は悔い改める必要など無くなっているため、増長していきます。

よく、「自分は神に愛されているんだ。だから成功したんだ!」と言う人がその人です。

 

 

 以上は非常に分かり易い指標ですが、これは真実この通りなのです。

 

 

 自分が普段の出来事で思い測る内容や、それらを実行に移した時に、それが自己中心的で自分の利益のみを追求するものであったり、自分の利益のために他者を犠牲にするような場合は、たとえその時は上手く成功しても、時が経ってその時が原因で反対に自分が不利益を被ることになったり、他者によって自分が似たような目に遭わされたりすることがあります。

こういう出来事は誰でも一度は経験があり、なぜこんなことが起きるんだろうと時々不思議に思う事があるのではないでしょうか。それは、実は神があなたに気づかせるために起こされている出来事であり、あなたへの「愛ある懲らしめ」であるのです。

 

そしてその懲らしめを受けた時に「これは、過去の行いに対する自業自得なんだ。」と気づく人は、ちゃんとその人に正しい「良心」というものが備わっている証拠でもあるのです。神はあなたの心をよくご存じなので、あなたが神の目において罪を犯した時に、あなたに悔い改めるように「良心」に気づかせるチャンスを与えてくれているのです。聖書の『ヘブライ人への手紙』と『啓示』には次のように書かれています。

 

 

 ヘブライ人への手紙12:4~8

「そうした罪と戦う点で、あなた方は未だかつて血に至るまで抵抗したことはありません。むしろ、あなた方を子と呼びかけているこの勧めをすっかり忘れてしまっています。「我が子よヤハウェからの懲らしめを軽く見てはならず、また神に正される時、弱り果ててもならない。ヤハウェは自分の愛する子を懲らしめられるからである。事実、自分が我が子として迎える者をすべて鞭打たれるのである。

あなた方が忍耐しているのは鍛錬のためです。神は子に対するようにあなた方を扱っておられるのです。父親が懲らしめを与えない子は一体どんな子でしょうか。

すべての子があずかる懲らしめを受けていないとすれば、あなた方は実際には私生児であって、子ではないのです。」

 

 

 ・啓示3:19

「すべてわたしが愛情を抱く者をわたしは戒め懲らしめる。それゆえ熱心になり、そして悔い改めなさい。」

 

 

 

 普通の人は、全部の出来事に対してそうでなくても、少なくとも何回かに1回は自分の思い測った出来事や結果に対して反省して悔い改め、二度と同じ過ちを繰り返さないよう努力すると思います。しかし、中にはそうしない人もいます。

 

そうしない人は、自己中心的で、神から与えられた悔い改めのチャンスをことごとくはねのけ、兎に角自分の思い通りに生き抜いて行こうとするタイプです。

ある意味今の時代は、こうした我が道を行くタイプの人が増えてきています。

 

そして上記に書いたように、こういうタイプの人は悪魔側の霊達が近寄って支援をし始めるので結果、こういう人はだんたん自分の思い測った通りの楽な人生を手に入れるようになっていきます。

自分の欲求のまま、何をやってもことが上手く運んでいくので、人生が楽しくてたまりません。こういう人にとってはこの世は楽園になっています。

ただ、その人の心には既に正しい「良心」は失われています。悪魔に良心を売り渡したからです。そのため、自分の欲求を満たすためなら他人がどんなに迷惑や被害にあっても気にしません。むしろ、相手が傷つくことを喜んだりするようになるのです。

既にその人の心の中では「悪い事は良いこと」になっているからです。

 

 

 ここまでで、一つちょっと判別しにくい注意する例があるので伝えておきます。

それは、傍目には善人で誰からも愛されている、もしくは尊敬されている成功者の場合です。誰が見ても善人だから、尊敬に値する人だから、神が愛されて成功させたんだと思うのは間違いなのです。

どんなに傍目に素晴らしく見えていても神が愛しているとは限らないのです。

それは、神が禁じており、忌み嫌っていることを信奉している場合があるからです。

 

そしてそういう人とは、たいがい例外なく、スピリチュアル(占術や魔術・降霊術)に系統していたり、偶像崇拝をしていたり、科学系、またはUFO等を信じたり、広めたりしています。また、この世の流行に敏感で、この世の祭りごとや世の倣いについて行こうとします。

 

 このタイプの人達は、この世的には優雅で美しく世の憧れの模範のように映っています。(世のエンターテインメントの世界のように)しかし、神の目には反対に映っているのです。

 

 世を愛する者、世の習慣を愛する者を神はとても嫌っているのです。

そして、そのことを知っているからこそ悪魔は、善良に見えるこの世の模範的な成功者、または羨望に値する人々を宣伝し、民衆がマネするように仕向けているということです。

 

 

 ということで、

あなたが、神に愛されているのか否かを判断する手がかりをお話ししましたが、あなたが神に愛されたいのか、この世の神、悪魔に愛されたいのかはもちろん自由に選んで良いのです。

 

但し、この選択は今世限りの、命があるうちの選択であり、来世の選択権などないということを知ってほしいと思います。

聖書は「輪廻転生」など認めておらず、その教えは悪魔の教えであることは明白だからです。スピ系や仏教系は「輪廻転生」を教えています。というか、世はほとんどこちらの教えが多いのです。

真実は、私達の命の選択は今世限り、1回のみの選択しかないということです。

来世の命など悪魔の嘘のまやかしなのです。

 

 

神は私達に様々な気づきのチャンスを与えてくれています。

罰が当たっている内はそのチャンスに恵まれているのだから、是非感謝し、神の愛に気づいて自分の『良心」を失わないようにしたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

死海文書『戦いの書』 7.

死海文書「クムラン宗団・エッセネ派」とキリスト

 

 

 『戦いの書』

 

 

 

 【XIV~XVI】(省略)

 

 

 【XVII】

 

 

 「彼は彼等の平安を焔(ほのお)の中に置きた給うた○○炉の試練によって。

彼は彼等の武器を鋭くし、悪しき民等がことごとく永遠に滅び去るまでは鈍らないようにし給う。君達は想い出すがよい。アロンの子、ナダブとアビウ二に対する彼の審きを。それはすべての民の前で、神が彼等を審いてご自身の神聖を示し給うためであった。しかしエレアザルとイタマルは、永久の祭司職の契約のため、彼に捉えられたのであった。

 

だから君達は勇気を出せ、彼等を恐れるな。

彼等は形なく空しいものに憧れ、今もなく、先にもないものに頼っているにすぎないのだから。

何故なら、今あり、先にあるものはみな、イスラエルの神のものであり、すべて永遠にあるものに◯◯。

 

今日こそは、悪の支配の君を卑しめ低くうすべき、彼の時である。

永遠の光による統治のため、彼が栄光を与え給うみ使いミカエルの力によって、

彼はその贖いに割当てられた者に永遠の助けを遣わし給うた。

それは、イスラエルの選ばれた者達を、喜びを以って輝かせ、神に割当られた者に平安と祝福を与え、神々の中にミカエルの統治を、すべての肉の中にイスラエルの統治を高め給うのである。

 

義は高き所を喜び、彼の真実の子等はみな永遠の知識を歓ぶ。

君達、彼の契約の子等よ、神の試練において勇気を出せ。

彼が手を振り動かして、彼の秘策たる試煉を君達の立場のために全うし給うまで。」

 

これらの言葉の後、祭司達は彼等に対して、陣列の部隊編成のために吹く。

分隊はラッパの音に従って展開し、めいめいその位置に立つ。

祭司達は、接近の合図に、第二の信号をラッパで吹く。

歩兵はキッティームの陣列の傍に、攻撃に十分なだけ近寄ると、めいめい、武器を持った手に振り上げる。

祭司達は撃たれる者のラッパを吹き鳴らし、レビ人達と角笛を持ったすべての者が戦いの喚声を上げる。

歩兵はキッティームの軍勢に手を突き出す。喚声が上がると共に、彼等は撃たれる者を倒し始め、民はみな喚声を止める。

祭司達は撃たれる者のラッパを吹き鳴らし続け、キッティームに対する戦いが続行され、ベリアルの軍隊は彼等の前で打ち破られる。

そして第2回目には光の子等が勇を揮い、第4回目には闇の子等が腰に帯し、歩兵達は撃たれる者を神の秘策によって倒し始める。

 

 

 

 【XVIII】

 

 

 神の大きな御手が、ベリアルとその支配下の全軍勢との上に挙げられ、永久の打撃を与える時、○○アッシリアを追う聖徒達の喚声……。

ャぺテ人は倒れて立上がる者もなく、キッティームは引き裂かれて、残る者も逃れる者もない。イスラエルの神の御手が、ベリアルのすべての群の上に挙げられる日に。

 

 この時、祭司達が記念のラッパを吹き鳴らすと、彼等のもとに戦いの全陣列が集まり、キッティームの全陣営に対してこれを滅ぼし尽くすために、割当られる。その日、太陽が沈みそうになったら、祭司達の長および彼と共なる祭司達とレビ人達、および陣列の頭達と規律の人達とは立って、そこでイスラエルの神を賛美して、言い出す。

 

「あなたの御名はほむべきかな、神々の神よ。

誠にあなたは御民に対して、驚くべき不思議を大いになし給うた。

また早くよりあなたの契約を我等に対して守り、あなたの契約の故に幾度も我等に救いの門を開き、我等に対する御恵みの故に我等は虐げられなかった。

義の神なるあなたは御名のために事を成し給うたのである。

 

あなたは我等の民に、驚くべきことを不思議な業とを成し給うた。

このようなことはかつてなかったことである。

誠にあなたは我等の時を知り給う。

そして今日、我々に…が、現れ出た。あなたは敵の支配をもはやなきまでに取除くため、永遠の贖いによって、我等に対する憐れみの手と大能の御手とを、我等に示し給うた。

そしてあなたの戦いにおいて、我等の敵すべてを完全に打ち滅ぼし給うため○○。

そして今、我等が彼等の群を追うには、日暮が切迫している。

誠にあなたこそ、○○そして強者共の心を引き渡して、立つことが出来なくし給うた。

力はあなたのもの、戦いは御手の中にある。あなたの如き神はない。

あなたの御心に叶う時○○あなたの敵に対して報いを返し、またあなたは○○打砕き給うた。……

 

 

 

 【XIX】

 

 

 強者共を嘲りあざ笑う。げに我らの力強き聖にして、栄光の王が我等と共にいます。彼の霊の軍勢は我等と共に歩み給う。

我等の騎手は、雲の如く、また露の如く地を蔽い、激しいにわか雨の如く、その全ての産物に対する審きとして、地を洗い流すのである。

 

勇士よ、立ち上がれ。

君の虜を捕えよ、栄光の人よ。

君の分捕品を取れ、勝を得る者よ。

君の敵の襟首をつかみ、撃たれた者の背を踏まえよ。

君に敵する民等を打砕き、君の剣に肉を食らわせよ。

君の地を栄光で、君の嗣業を祝福で満たせ。

君の野には群なす家畜、君の宮殿には金と宝石!

シオンよ、大いに喜べ、ユダのすべての町々よ、喜び叫べ。

常に門を開いて民等の富を君のもとにもたらし、彼等の王を君に仕えさせよ。

君を苦しめた者をことごとく君にひれ伏させ、君の足の塵をなめさせよ。

わが民の娘等よ、歓喜の声をほとばしらせ、栄光の飾りを飾り、

民等の王国を支配せよ。

かくて王国は神のものとなり、イスラエルは永遠の王国となるのである。

 

 

 その後彼等は朝まで宿営するために、この夜は陣営に集まる。翌朝には陣列の場所に行く。そこはキッティームの強者共とアッシリアの群とそれと共に集まったすべての民の軍勢が倒れたところ。

○○撃たれ、○○そこで神の剣によって倒れた。祭司の長とその次席祭司と…○○戦いの○○と諸陣列のすべての頭達とその部下達とは、そこに近づき、キッティームの撃たれた者共が倒れ…そこでイスラエルの神を賛美する。……

 

 

 

                           『戦いの書』  完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死海文書『戦いの書』 6.(削除されるかもしれませんが)

死海文書「クムラン宗団・エッセネ派」とキリスト

 

 

『戦いの書』

 

 

【Ⅻ】

 

 

 何故なら、あなたは天に数多くの聖徒を持ち、万軍のみ使い達があなたの聖なる住まいで御名を賛美する。またあなたは、選ばれた聖なる民をあなたの家に置き給うた。

彼等の全軍の名の書は、あなたと共にあなたの聖なる住まいにあり、数多くの聖徒達があなたの栄光の住まいにある。そしてあなたの御手の祝福の恩恵と、あなたの平安の契約とを、彼等のために生命の筆で刻み給うた。

 

 こうしてあなたは、永遠なるすべての時にわたって彼等を支配し、選ばれたあなたの軍勢を、千人隊や万人隊ごとにあなたの聖徒達やみ使い達と共に閲兵して、戦いに臨む力を得させ、地の敵を、あなたの大きな審きによって、滅ぼし、天にある選ばれた者達と共に彼等に勝を得させ給うのである。

 

 畏るべき神なるあなたは御国の栄光の中にいまし、あなたの聖徒の集団は永遠の救いのために、我等の中にある。我等は王達を侮り、強者共を嘲り、あざ笑う。

げに主は聖にして、栄光の王は我等と共にいます。聖なる勇士達の民とみ使い達の軍勢とは我等の兵士達の中に、戦いの勇士は我等の集団の中にいまし、彼の霊の軍勢は我等と共に歩み給う。

 

 我等の騎手は雲の如く、また露の如く地を蔽い、激しいにわか雨の如く、そのすべての産物に対する審きとして、地を洗い流すのである。

勇士よ、立ち上がれ。雨の虜を捕えよ。

栄光の人よ。君の分捕品を取れ、勝を得る者よ。

君の敵の襟首をつかみ、撃たれた者の背を踏まえよ。

君に敵する民等を打砕き、君の剣に、罪深い肉を食らわせよ。

君の地を栄光で、君の嗣業を祝福で満たせ。

君の野には群なす家畜、君の宮殿には銀、金、宝石! 

シオンよ、大いに喜べ。エルサレムよ、歓喜の中に現れよ。

ユダのすべての町よ、喜び叫べ。

常に門を開いて民等の富を君のもとにもたらし、彼等の王を君に仕えさせよ。

君を苦しめた者をことごとく君にひれ伏させ、君の足の塵をなめさせよ。

我が民の娘等よ、歓喜の声もて叫び、栄光の飾りを飾り、民等の王国を支配せよ。

かくて王国は神のものとなり、イスラエルは永遠に統べ治めるのである。

 

 戦いの勇士なる彼等の部隊はエルサレム○○○○天の上に主○○

 

 

 

 

 【XIII】

 

 

  祭司の長は彼の兄弟たる祭司達とレビ人達とすべての『規律の長老』達を従えて。そして彼等はその立場でイスラエルの神とそのすべての真実の業とを賛美し、ベリアルとこれに割当てられたすべての霊とをそこで呪って、言い出す。

イスラエルの神は、その聖なる計画と真実の御業との故に、ほむべきかな。」

 

 「また、ベリアルは敵意ある計画の故に呪われよ、彼はその罪深い支配の故に呪われよ。彼等はみなその悪の思いユニ呪われよ。彼等は、その不浄に汚れたすべての行いの故に、呪われよ。彼等は闇に割当られた者なのであるから。しかし、神に割当られた者は永遠の光に属するのである。」

 

 「我等の先祖の神なるあなた、あなたの御名を我等は代々に賛美しよう。

我等は永遠の民、あなたは我等の先祖と契約を結び、それを永遠の時のために、彼等の子孫に立て給うた。あなたは契約に属する残りの者と生存者とを救うため、またあなたの真実の業と驚くべき御力の審きとを告げるために、あなたが我等のうちに成し給うた恩恵は、あなたの栄光の証のすべての中に述べられている。

あなたは義自身のために我等を贖って永遠の民とし、あなたの真実によって我等を光に割当て給うた。そして早くより光の君を我等の助け手に任じ、すべての義の子等をその手に、すべての真実の霊をその支配下に任せ給うた。また亡びのために敵意の天使ベリアルを作り、その罪の闇と図り事によって、悪を行わせ罪を犯させ給うたのもあなたである。

そして、彼に割当てられた霊、すなわち破滅の天使達はみな、闇の掟によって歩み、みなこれに憧れる。

 

 

 

◆補足文本書『定期要覧(1QS)その他の概説』より、4.神学思想より説明。宗団の2言論は特徴的である。問題は、これが旧約におけるイスラエル固有のものでないならば、どこにその起源を求めるかという点である。旧約において1カ所、イザヤ書45:7に類似した表現が見出される。

 

イザヤ書>45:7

わたしは光を造り、また暗きを創造し、繁栄を造り、また災いを創造する。

わたしは主である。すべてこれらのことを成す者である。

 

 ここで光と闇、繁栄と災いが対応して2元的であるが、神は両方の創造者であると言明する。ある学者はクムランの2元論をここから発したと見るが、我々は宗教史的に他の類似を見ることができる。……それはイランの2元論との類似である。

また、ある学者は『定期要覧』および他の文書に出てくる「知識」という言葉に着眼してグノーシスとの類似を見ようとするが、デュポン・ソメールやバロウズの言うように、クムランの2元論は、グノーシス的な精神と物質の2元論ではなく、イラン宗教に倫理的な善悪2元論と見るのが正しいであろう。シューベルトはこれをグノーシス思想と黙示録文学思想との結合としたものと見て、ユダヤ教グノーシス思想と呼ぶが、これが適当かどうかは問題であろう。

 

 ……と、説明されています。最初の冒頭のページにて説明していますように、ゾロアスター教の2元論の要素が※以下の部分以外においても、所々その思想が表わされております。これは、旧約イザヤ書と一箇所のみ被るところがあったにせよ、旧約全体が善悪の2元論であるとみなすのは間違いであるということです。そして、イエス・キリストの教えとも勿論全く被りません。

 

つまり、新約聖書キリスト教が、このクムラン宗団であるエッセネ派から派生したという、世のデタラメな論を広める連中に付いて行ってはいけないのです。

これ書くとやばいかもしれませんが……。

 

あの都市伝説のあの人物はフリーメイソンのメンバーになっているようですし、

彼は世にデタラメな真実を広め、ミスリードするために居るということを是非知ってほしいと思います。)

 

 

 しかしあなたの真実に割当てられた我等は、あなたの力強い御手を喜び、あなたの救いを楽しみ、あなたの助けとあなたの平安とを歓ぼう。

イスラエルの神よ、誰が力においてあなたに及ぶであろうか。

しかもあなたの力強い御手は貧しき者達と共にある。またいかなる天使や君侯の助けがあなたの贖いの助けに及ぶであろうか。何故なら、あなたは早くより、戦いの日に定め給うた。○○真実を○○ため、罪を滅ぼして闇を平らげるため、光を強めるため、○○のため、○○永遠の立場のために○○のため、すべての闇の子等を滅ぼし、すべての光の子等の喜びとなるため。

 

 あなたは我等を○○のため定め給うた……。

 

 

死海文書『戦いの書』 5.

死海文書「クムラン宗団・エッセネ派」とキリスト

 

 

 『戦いの書』

 

 

 【Ⅷ】(省略)

 

 

 【Ⅸ】

 

 

 彼らの手が、撃たれる者どもを倒し始める。すべての兵が喚声を止めたら、祭司達は戦いを指揮するために、撃たれる者のラッパを、敵が打ち破られて背を向けるまで、吹き鳴らし続ける。

祭司達は戦いを指揮する為に吹き鳴らす。敵が目の前で打ち破られたら、祭司達は呼集のラッパを吹く。すると全歩兵が前の前列の中から彼等に向かって出撃し、6つの部隊と1つの挺身部隊、合計7つの陣列を、28000の戦士と6000の騎兵とで構成する。

これらすべての者が、神の戦いにおいて、敵を追って滅ぼし、永遠の滅びまで至らせるのである。

 

 祭司達が彼等に対して追撃のラッパを吹くと、彼等はすべての敵に対し分散して滅びるまで追撃する。一方、騎兵は、敵が全滅するまで戦線の傍らで敵を撃退する。撃たれる者が倒れたら、祭司達は、遠くから吹き鳴らし、撃たれる者達の中に入ってその不浄の血によって汚されないようにする。彼等は聖なる者であって、その祭司職の油を空しい民の血で汚してはならないからである。

 

 

 

 戦いの部隊編成を変更するための規則ー

 

 

 方陣と櫓(やぐら)、両側面転回陣形と櫓、および弓状陣形と櫓に、また弧状陣形と突撃分隊、および陣地の両側から出撃する両翼部とに、陣形を整えて敵を意気書◯喪させること。

 

 櫓の楯は長さ3キュビト、その槍は長さ8キュビト。櫓は陣列から楯100枚の長さ突出し、櫓の各面は楯100枚の幅をもち、こうして300枚の楯が櫓を3方から取囲む。

1つの櫓には2つの、すなわち右に1つ左に1つの、門があり、櫓の楯にはそれぞれ次のように書く。

最初の櫓の楯には「ミカエル」、第二のには「ガブリエル」、第三のには「サリエル」、第四のには右に「ラファエル、ミカエル、ガブリエル」、左に「サリエルとラファエル。」そして○○4つの○○に……。

 

 

 

 

 【Ⅹ】

 

 

 我々の陣営。またすべての悪い恥ずべきことから身を守るために。また彼は我々に、あなたが我等の中にあって、我等の前なる我等の敵をすべて追散らし給う、大いなるおそるべき神であることを告げた。

また彼は早くより我々の世代のために、我々に教えて言った。

「君達が戦いに臨む時、祭司が立って民に言うがよい。聞けイスラエル、君達は今日、敵との戦いに臨もうとしている。恐れるな、臆するな、慌てるな、彼等を見て驚くな、君達の神が一緒に行って君達のために敵と戦い、君達をお救いくださるのだから。」

 

 そして、我々の監督達は戦いの全指揮官に、心構えの出来ている者はこれを神の力によって強め、意気◯喪した者はみな引き返させて、すべての勇士達との一致を強くせよと語る。

またあなたは、モーセを通じて語って言われた。

「君達を虐げる仇に対して、君達の地に戦いが起こったら、君達はラッパを吹き鳴らせ。すると君達は君達の神に億い出され、敵から救われるのだ。」

 

 イスラエルの神よ、天にも地にも、あなたのように大きな業を成し、あなたのように強い力をもった方があろうか。またあなたの民イスラエルに比ぶべき民があろうか。

それは世界のすべての民の中から、あなたが御自身のために、選び給うた民、契約の聖徒の民、掟を教えられ、理非をわきまえ、栄光者の声を聞き、聖なるみ使い達を見、耳を開かれ、深き秘密を聞き知る民。

まことにあなたこそは雲を拡げ給うお方、諸々の天体の軍勢、風雲を掲げ給うお方、聖徒達の統治、その栄光の宝庫は黒雲の中にあり、地を創り、これを分けて砂漠や荒地とする法則を創り、またそのすべての産物をその実とともに創り、海原と河川の集まりを作り、原始の海を裂き分け、生命あるもの鳥、人の形とその子孫の系図、言葉の乱れと民等の分裂、諸族の居住、および国々の嗣業、聖なる時期と年々の移り目、永遠の時を定め給うたお方。これらを、あなたの知識によって、我々は知った。我等の叫び声に……。

 

 

 

 

 【Ⅺ】

 

 

 まことに戦いはあなたのもの、あなたの手の力によって、彼等の屍は打ち砕かれ、葬る者もなかった。そして勇猛なガテ人ゴリアテを、あなたはあなたの僕ダビデの手に渡し給うた。彼が剣と槍にではなく、あなたの大いなる御名に、より頼んだからである。

 

 何故なら戦いはあなたのものであるから。また彼はペリシテ人どもを、あなたの聖なる御名によって、幾度も打ちひしぎ、我等の王達によってもまた、あなたは我等を幾度も救い給うたが、それは我等が犯した仕業や我等の罪の行いによることもなく、あなたが我等を憐れみ給うたからである。

戦いはあなたのもので、力はあなたから来たり、我等のものではない。我等の力や我等の手の強さが勝を得るのではなく、あなたの力とあなたの大いなる威力の強さによってである。

それは丁度あなたがかつて我等に告げて言われた通りである。

ヤコブから一つの星が昇り、イスラエルから1本の杖が挙がって、モアブのこめかみを砕き、セツのすべての子等を倒す。また彼はヤコブから下り、残れる者を町から亡ぼす。そして敵は領地となり、イスラエルは勝を得る。」

 

 

◆補足文(※セツ…この文のセツはアダムの子セッ(セト)ではなく、モアブに関連ある人名もしくは地名であることは確かですが詳細は不明。前2000年期のエジプト文書に遊牧系の集団として言及される”シュトゥ”と関連するか?となっています。『民数記』岩波文書より、参考。

 

 

 またあなたの受膏者達、すなわち証を見る者達によって、あなたは我等に、あなたの手による戦いの時を告げ給うた。これは我等の敵の中であなたが賛美され、ベリアルの軍勢、7つの空しき民を、驚くべき御力によりあなたに贖われて力と平安の中にある、貧しき者達によって倒し、しおれた心を希望が開くためである。

 

 あなたは彼等にパロや紅海に沈んだ彼の戦車の指揮者達と同じように、なし給うた。またあなたは、砕けた魂を殻束の中の松明のように灯して、これに悪しき者を焼き尽くさせ、罪が滅びるまで止め給わない。

あなたはかつて、キッティームに対し御手の力を示す時を告げて言い給うた。

アッシリアは人のものならぬ剣によって倒れ、人のものならぬ剣が彼等を食い尽くす。」と。

 

 何故なら、あなたは貧しい者達と塵にかがむ者達との手に、全地の敵を渡して、諸々の民の強者を低くし、悪しき者共の頭上にその罪を報い、すべての人の子等に対するあなたの真実の審きを義とし、あなたの聖なる民の中に永遠の御名を示し、戦いの強者とすべての兵を……、諸々の民の残りの者に御自身の大いさと神聖さとを示してあなたの御力を知らしめ、○○ゴグとその元に集まる彼のすべての集会に対して審きを行い……

 

何故なら、あなたは天から彼等と戦い給う……。