tekuteku-tekutekuの日記

聖書研究と陰謀論

ヨハネの福音書 16.

ヨハネ福音書

 

 

 

 

16.

 

 

 

 ユダヤ人の敵意行為

 

 「彼等はあなた方を会堂から追放するであろう。

そればかりか、あなた方を殺す人が皆、

自分は神に務めを果たしているのだと思い込むような時が来ようとしている。

彼等は父もわたしも知らなかったので、これらのことを行うことになるのである。

ともあれ、これらのことをあなた方に語っておいた。

彼等の時が来る時、それをわたしがあなた方に言ったということを思い出すようにと。」

 

 

 

 弁護者についての約束

 

 「これらのことをわたしはあなた方に、はじめから話すことはしなかった。

あなた方と共にいたからである。

今、わたしは自分を派遣した方のところへ往こうとしている。

あなた方のうちの誰も『何処へ往くのか』と尋ねようとはしないが、

これらのことをあなた方に語ってきたことで、

あなた方の心を悲しみが満たしてしまっている。

だが、わたしは真理を言う。

わたしが去ることは、あなた方にとって有益である。

わたしが去らないなら、✤弁護者があなた方のところに来ることはないが、

わたしは、自が行けば、彼をあなた方のもとに派遣することになるからである。

 

 

 その方が来る時には、罪について、義について、

また審きについて、世を暴くであろう。

罪について、つまり人々がわたしを信じようとしないことを、

義について、つまりわたしが父のもとへ往こうとしており、

もはやあなた方がわたしを見なくなることを。

また、審きについて、※①つまり世の支配者が審かれてしまっていることを。

 

 あなた方に話しておきたいことがわたしにはまだ沢山あるが、

今はあなた方がそれに耐えられない。(理解できない。)

だが、その方つまり真理の霊が来る時には、

あなた方をあらゆる真理のうちに導くであろう。

その時、彼は自分から語るのではなく、聞くことを語り、

来るはずのことをあなた方に告げることになるからである。

その方は、わたしの栄光を現わすであろう。

わたしのものから一部を受けて、あなた方に告げることになるからである。

父が持っているものはすべてわたしのものである。

このゆえに彼が、わたしのものから一部を受けており、

それを将来あなた方に告げることになると言ったのである。

 

 

 

 

❖補足文

※①つまり世の支配者が審かれてしまっていることを。…つまり「人々がイエスを罪人として死刑にし、イエスが弟子達の目からも見えなくなること、それが実はイエスの生き方が義であったことの証であるという真理を明るみに出す。」

 

弁護者の説明は14章にてしてあるので再び参考にされて下さい。)

 

 

 

 

 再会の時に起こる変貌

 

 「しばらくすると、あなた方はもはやわたしを見なくなり、

またしばらくすると、わたしを見ることになる。

彼の弟子達の中に、互いに次のように言い合う人達があった。

「しばらくすると、あなた方はわたしを見なくなり、またしばらくすると、わたしを見ることになる」とか、『父のもとに往こうとしている』とか、我々に言われているが、これは何のことだろう。」

 

 そこで、彼等は

 「『しばらく』と言っておられるのはどういうことだ。語っておられることが我々には分からない。」

と言い始めた。イエスは彼等が自分に尋ねたがっているのを知って、彼等に言った。

 

 「わたしが『しばらくすると、あなた方はわたしを見なくなり、

またしばらくすると私を見ることになる』と言ったことについて

互いに論じ合っているのか。

 

 アーメン、アーメン、あなた方に言う。

他ならぬあなた方が泣き、嘆き、他方世が喜ぶことになる。

あなた方は悲しむことになる。

しかし、あなた方のその悲しみが喜びに変わることとなる。

 

 女性は産みの時が来ると、悲しみを覚えるものである。 

自分の時が来たからである。だが、幼子を産むと、その時には、

人が世に生まれたという喜びのために、もはや苦しみを思い出さないものである。

ところであなた方にも今は悲しみがある。

だが、再びわたしを見て、あなた方の心は喜ぶこととなり、

その喜びをあなた方から奪うものは誰もない。 

その日には、あなた方がわたしに頼んだり尋ねたりすることは何もない。

 

 アーメン、アーメン、あなた方に言う。

将来、あなた方がわたしの名において父に何かを願うことがあれば、

父はあなた方に与えるであろう。

これまであなた方はわたしの名において何も願ったことがない。

✤✤願いなさい。そうすれば、あなたがたは受け、

その結果、あなた方の喜びが満ち溢れたものとなるであろう✤✤

 

 これらのことを、謎めいた形であなた方に語ってきた。

(※または、譬えを用いて。新共同訳)

もはやあなた方に謎めいた形で語るのではなく、父についてあなた方に

はっきりと告げることになる時が来ようとしている。

その日には、あなた方はわたしの名において願うこととなる。

 

 わたしはあなた方に、自分があなた方のために父に頼むことになるとは言わない。

父自らがあなた方に好意を持っているからである。

それはあなた方がわたしにほれこんでおり、

わたしが神のもとから出たことを信じきっているからである。

わたしは父のもとから出て、世に来ている。

再び、世を後にして、父のもとへ行こうとしている。」

 

 彼の弟子達が言う。

「御覧下さい。今はっきりと語っておられ、何の謎めいたことも話しておられません。

あなたにすべてのことが分かっており、誰もあなたに尋ねる必要がないことが、

今は私達に分かっています。

それで、私達は、あなたが神から来られたことを信じます。」

 

 イエスが彼等に答えた。

 

 「今信じているのか。あなた方が各自、自分のところへと散らされ、

わたしを一人置き去りにするような時が来ようとしている。

いや、来てしまっている。

だが、わたしは一人きりではない。

父がわたしと共におられるからだ。

わたしのうちにあって、あなた方に平和があるようにと、

これらのことをあなた方に語ってきた。

世にあって、あなた方には苦しみがある。

しかし、勇気をだせ。

⁑⁑わたしは世に対して既に勝利を収めたのだ⁑⁑

 

 

 

 

❖補足文

(解説にはない文ですが、

✤✤願いなさい、そうすればあなたがたは受け、その結果、あなた方の喜びが満ち溢れたものになるであろう。✤✤

の部分でピンとこられた方もおられるかもしれませんが…。

サタンは聖書からあらゆる言葉尻を抜き出して、自分達の宗教を作ったり、思想、哲学を作ったりしてきておりまして、この言葉からサタンが作り出したと思われるのは、宗教とは言い難い、いわゆる汎神論ですが、スピのあの『引き寄せの法則』を生み出しています。汎神論とは、グノーシス主義と同じですからね。

引き寄せの法則』は、天の大宇宙の秩序といわれる、個人の人格を持たない大いなる存在=それを神と呼ぶ。という巨大なエネルギーに自分の欲しいものを、熱心に祈り、願えば、宇宙のその人格のない大いなるエネルギーの存在が叶えてくれる。

というとんでもない教えですね。

まったくナンセンスな話ですが、これが世では大当たりしました。

「これまで秘密にされてきた法則で、実は古代のエジプトの時代からあった教えだった。」とか、「世の成功者と言われてきた大金持ちはみんなやっている。知っていた。」とか、「成功者になりたい人は、何でも宇宙に向かって願いなさい。強く願えば願うほど宇宙は叶えてくれる。」とか言っています。要するに欲深く生きろと言っているわけです。

 

 あと、⁑⁑わたしは世に対して既に勝利を収めたのだ。⁑⁑の部分ですが、これも解説にはありませんが、意味として言われているのは、世=サタンの世のことであり、直接的なサタン自身を指していると言われています。そして、イエスが世で宣教を始められる際に、はじめにサタンからの誘惑を受ける場面があります。

以下に抜き出してみます。

 

<マルコ1:12>

 

 すると、霊がすぐに彼を荒野に送り出す。

そこで彼は、サタンの試みを受けながら、40日間荒野にいた。

しかし、彼は野獣たちと共におり、御使い達が彼に仕えていた。

 

 

 <マタイ4:2ー11>

 

 そして彼は40日40夜断食し、その後飢えた。

すると試みる者がやって来て、彼に言った。

「もしお前が神の子なら、これらの石にパンになるよう命じてみろ。」

しかし彼は答えて言った。

 

「こう書かれている。

『人はパンだけで生きる者ではない。

むしろ、神の口から出て来る一つ一つの言葉で生きるであろう。』

 

 そのあと、悪魔は彼を聖なる都に連れて来る。

そして、彼を神殿境内の屋根の端に据えた。そして彼に言う。

「もしお前が神の子なら、下へ身を投げてみろ。

なぜなら、こう書かれているからだ。

『彼はお前のために、御使い達に指示を与えるであろう。

 すると彼等は、お前を手で受け止めるであろう。

お前がその足を石に打ち付けることがないように。』

 

 イエスは彼に言った。

 

 「再びこう書かれている。

『お前は、お前の神、主を試みることはないであろう。』

 

 悪魔は再び彼をきわめて高い山に連れて行き、

彼にこの世のすべての王国とその栄華を見せる。そして悪魔は彼に言った。

 

 「もしお前がひれ伏して俺を拝むなら、

これらすべてをお前にやろう。」

 

 そのとき、イエスは彼に言う。

 

 「サタンよ、失せろ。

実にこう書かれている。

『お前は、お前の神、主を(主こそを)伏し拝み、彼にのみ仕えるであろう。』

 

その後、悪魔はイエスを離れる。

そして見よ、御使い達がやって来て、彼に仕えていた。

 

 

 

 ということで、つまり、イエスはこのサタンによる誘惑の試みに見事に勝利しているので、弟子達に対して、あの言葉を言ったのではないかという説明になります。

それと神々は当然、未来を見通す力があるので、イエスが、自分が最初にサタンの誘惑に勝ったことと、その後の父である神からの指令をきちんと成し終えるであろうことが分かっていたために、こういう言葉になったのではないでしょうか。)

 

 

ヨハネの福音書 15.

ヨハネ福音書

 

 

 

 

15.

 

 

 

 葡萄の木の寓話

 

 「わたしは真の葡萄の木であり、わたしの父が栽培者である。

わたしのうちにある枝で、実を結ぼうとしないものはすべて、父が刈り取る。

実を結ぶものはすべて、より多くの実を結ぶようにと、これを刈り込もうとしている。

わたしがあなた方に語ってきた言葉ゆえ、あなた方はすでに清い。

わたしのうちに留まりなさい。そうすれば、わたしもあなた方のうちに留まる。

 

 枝というものは、その葡萄の木のうちに留まっていないなら、

自分から実を結ぶことは出来ない。

わたしが葡萄の木であり、あなた方は枝である。

人がわたしのうちに留まっていて、わたしも彼のうちに留まっているなら、

この人は多くの実を結ぶ。あなた方はわたしなしには何もできないからである。

わたしのうちに留まっていない人がいれば、

その人は枝のように外に投げ出され枯れてしまうことになる。

枝は人々が集め、火に投げ込み、こうして焼かれてしまう。

 

 あなた方がわたしのうちに留まり、わたしの言葉があなたがたのうちに留まるなら、

何であれ、自分達の望むことを願いなさい。あなたがたになされるだろう。

このことによって、つまりあなた方が多くの実を結び、

わたしの弟子だと明らかになることによって、父が栄光を受けるのである。」

 

 

 

 

 相互愛の誡めへの移行部

 

 「父がわたしを愛したように、わたしもあなた方を愛した。

わたしの愛のうちに留まりなさい。

わたしが父の命令を守ってきて、その愛のうちに留まっているように、

あなた方はわたしの命令を守るなら、わたしの愛のうちに留まることになる。

 

 わたしの喜びがあなた方のうちにあり、

あなた方の喜びが満ち溢れてほしいと思い、

これらのことをあなた方に語ってきた。」

 

 

 

 相互愛の命令

 

 「わたしがあなた方を愛したように、

あなた方が互いに愛し合うように。

これがわたしの命令である。

 

 人がその友人達のために自分の命を棄てること、

これよりも大いなる愛は誰も持つことがない。

わたしがあなた方に命じることをあなた方が行っているなら、

あなた方はわたしの友人である。

 

 もうわたしはあなた方を僕とは言わない。

僕にはその主人が何をしているか分からないからである。

わたしはあなた方を友と言ってきた。

わたしの父から聞いたことをすべて、あなた方に知らせたからである。

 

 あなた方がわたしを選んだのではなく、わたしがあなた方を選び、

そしてあなた方が往って実を結び、その実が残り、

その結果、何であれ、あなた方が私の名において父に願うことを、

父があなた方に与えるようにと、わたしがあなた方を立てた(任命した)。

互いに愛し合うように、これをわたしはあなた方に命じる。」

 

 

 

 世の憎悪と敵意

 

 世があなた方を憎むなら、あなた方よりも先にまず

わたしを憎んできたのだということを知っておきなさい。

仮にあなた方が世からのものであったなら、

世は自分に属するものとしてほれこんでいたことであろう。

だが、あなた方はこの世からのものではなく、

わたしがあなた方を世から選び出したので、

そのため、世はあなた方を憎むのである。

 

 ✤✤わたしが『僕は主人より大いなる者ではない』と

あなた方に言ったあの言葉を思い出しなさい。✤✤

 

 彼等がわたしを迫害したのであれば、あなた方をも迫害するであろう。

仮に彼等がわたしの言葉を守ったとすれば、あなた方の言葉も守ることであろう。

だが、彼等はわたしの名ゆえにあなた方に対してこれらのことをすべて行うであろう。

彼等にはわたしを派遣した方が分からないからである。

 

 仮にわたしが来て彼等に語ることがなかったとすれば、彼等に罪はなかった。

だが、今や彼等には自分達の罪について弁解の余地がない。

わたしを憎んでいる人は、父をも憎んでいる。

仮にわたしが他の誰も行ったことのない業を

彼等の間で行わなかったとすれば、彼等には罪がなかった。

だが、今や彼等は見て来て、そしてわたしも父も憎んできた。

だが、※①彼等はゆえなくわたしを憎んだという、

彼等の律法に記されている言葉が満たされなければならない。」

 

 

 

 

 その状況の中での弁護者と弟子達の証

 

 「将来、わたしが父がのもとからあなた方に派遣することになる※②弁護者。

父のもとから出て来る真理の霊が来る時、その方がわたしについて証しするであろう。

あなた方も証しする。

初めからわたしと共にいるのだから。

あなた方が躓かないようにと、これらのことを語ってきた。」

 

 

 

 

 

❖補足文

※①彼等はゆえなくわたしを憎んだ~満たされなければならない。…<詩編35:19、109:3.119:161>の可能性もあるが、<詩編69:5>からの引用であろう。

✤<詩編69:1ー5>まで以下に紹介。

解説より、この69章は神に仕える熱心のゆえに無実の罪を負って苦しむ人の、救いを待ち、敵への報復を願う、祈りと賛美の詩。ということです。

 

 <詩編69:1-5>

 

 指揮者に、「百合の花」で。ダビデの。

 

 私をお救い下さい、神よ。

来たのです、水がのどにまで。

深い泥沼に私は沈んで立つ場所もありません。

水の深みに入って奔流が私を押し流しました。

 

 呼び続けて私は疲れ、我が喉は嗄れ、

我が目はかすみました。

我が神を待つあまり。

 

 我が髪の毛よりも多いのです。

いわれなく私を憎む者等が。

おびただしいのです、私を滅ぼそうとする者等、

欺いて私に敵する者等が。

私が奪いもしなかったものを、その時私が返せるでしょうか。

 

 

 

 ※②弁護者、父のもとから出て来る真理の霊~証しするであろう。…<マルコ13:11>からも参照。

✤これはイエスが弟子のペトロとヤコブヨハネアンドレアスと一緒にオリーブ山で向かい合って座っていた時に、弟子がイエスに『終末の徴』について質問した時のイエスの答えの一部分です。

 

 <マルコ13:11>

 

 また、あなた達を当局に引き渡すために引いて往く時、

何を語ろうかあらかじめ思い煩うな。

むしろその時にあなた達に与えられるもの、それを語れ。

というのは、語ってるのはあなた達ではなく、聖霊だからだ。

 

 

 

✤✤わたしが『僕は主人より大いなる者ではない』と言った

あの言葉を思い出しなさい。✤✤<13:16と同じ>

 

の部分について、対句として<マタイ10:24><ルカ6:40>があります。

 

 <マタイ10:24>

 

 弟子は師以上のものではなく、奴隷はその主人以上のものではない。

 

 <ルカ6:40>

 

 弟子は師以上のものではない。しかし、誰でも十全に正されたなら、その師のようになるだろう。

 

 

 分かりにくいと思うので、なぜここでこの言葉をイエスが再び選んで言ったのかを前後の文脈から考えてみましょう。

エスは弟子達よりも上位者であることと、彼を憎む者達よりも大いなる者であるということ、そしてこれは、イエスについても、天の父が自分よりも大いなる者であるということを言っています。

 次に、その大いなる父から愛され世のために派遣されてきているということ、

つまり、自分が過去の預言者達が預言してきたキリストであることを信じることが出来ずに、憎むことさえした世の彼等は、弁解の余地がないと言っています。

世とは、サタンを神と崇め、彼の支配を喜ぶ人々のことであり、当時ではファリサイ派の人々と彼等に付き従う人々のことでした。

「世は自分に属するものとしてほれこんでいたことであろう」の文脈からも言っている通り、世(サタン)は、世の者になりたがる者(サタンに属する者)を愛しているのです。反対に神に愛される人というのは世に属さないので、世から迫害を受けるということになります。文脈通りですが…。

ここで単純に、神が世で最も愛する者達とは誰でしょうか?

それは、やはり幼い子供達であり、可愛い赤ん坊です。

ならば、近年ネットのお陰で世の中にバレバレになってきた話、支配層が揃いも揃って小児性愛者が多く、赤ん坊や子供を殺すカルトに属していたことの理由も理解できるのではないでしょうか。

金持ちになると急にそうした趣味に走るわけじゃないんです。

たまたま大金持ちは小児性愛者が多かったでもありません。

人身売買がこの世で一番儲かる商売だと言われているわけはどうしてでしょうか?

一体誰がそんなにたくさんの子供達を買うというのですか?

または必要だというのでしょうか?これが単なる偶然だと思うでしょうか?

人身売買の子供を欲しがる購買者は決まって彼等エリートであり、支配層であるのも既に周知の事実なのです。

つまり彼等は、彼等の宗教(悪魔崇拝)のために、わざとやっているということ。

しかも狂人ぞろいなので喜んでやっているということ。

彼等が世に選ばれて支配層でいる答えですね。

ロスチャイルドって、失くす子供っていう名前にね、元はバウアーだっけ?からわざわざ変更して命名しているわけですからね。

というわけで、『世の憎悪と敵意』のイエスの言葉は非常に霊的に重要な個所と思います。)

 

 

 

 

 

 

ヨハネの福音書 14.

ヨハネ福音書

 

 

 

 

 14.

 

 

 

 父と仲介者イエスへの信仰の勧め

 

 「あなた方の心がもうこれ以上かき乱されてはならない。

神を信じ、またわたしを信じなさい。

わたしの父の家には住処が多い。

仮にそうでなかったとすれば、あなた方のために

場所を準備しに行こうとしているとあなた方に言っただろうか。

そして、行ってあなた方のための場所を準備したら、またやって来る。

そして、あなた方をこのわたしのもとに引き取ることになる。

わたしといるところにあなた方もいるよううにするために。

このわたしが往こうとしているその道が、あなた方には分かっている。」

 

 トマスが彼に言う。

「主よ、あなたが何処へ往こうとなさっているのか、私達には分かりません。

その道が分かるなどと、どうしてできましょうか。」

 

 イエスが彼に言う。

 

 「わたしは道、真理、命である。

わたしを介してでなければ、誰も父のもとへ行くことは出来ない。

あなた方が既にわたしを知っているなら、父をも知るようになる。

今や父を知り始めている。父を見てきたのだ。」

 

 フィリッポスが彼に言う。

「主よ、私達に父を見せて下さい。そうすれば、満足します。」

 

 イエスが彼に言う。

 

 「これほど長い期間、わたしはあなた方と一緒にいる。

それなのに、フィリッポス、まだわたしを知ってはいないのか。

わたしを見てきた人は、父を見てきたのである。

どうしてあなたは『私達に父を見せてくれ』と言うのか。

わたしが父のうちにおり、父がわたしのうちにいることを、あなたは信じないのか。

 

 わたしがあなた方に話している言葉は、わたし自身から語っているのではなく、

父がわたしのうちに留まっていて、その業を行っているのである。

わたしが言うことを、つまりわたしが父のうちにおり、

父がわたしのうちにいるのだといういことを信じなさい。

それが出来なければ、業そのもののゆえに信じなさい。」

 

 

 

 説教前半の結びとしての約束

 

 「アーメン、アーメン、あなた方に言う。

人がわたしを信じるなら、わたしの行っている業をその人も行うようになり、

それより大いなることも行うようになる。

わたしが父のもとへ行くからである。

そしてなんであれ、将来あなた方がわたしの名において何かを願うなら、

それをわたしは行う。子において父が栄光を受けるために、

将来あなた方がわたしの名においてわたしに何か願うことがあれば、

このわたしが行う。」

 

 

 

 命令の遵守による愛の具体化

 

 あなた方は、わたしを愛しているなら、わたしの命令を守ることになるはずである。

そうすれば、わたしは父に頼み、父は※①もう一人の弁護者を、その弁護者がいつまでもあなた方と共にいるようにと、あなた方に与えて下さることになろう。

それは真理の霊であるが、世はこれを受け入れることが出来ない。

世はそれを見ることもなければ、知ることもないからである。

あなた方はその霊を知りつつある。

あなた方のもとに留まっており、将来はあなた方のうちにいることになるからである。

 

 わたしはあなた方をみなし児のままにしておくつもりではない。

あなた方のところに来る。

もうしばらくすると、もはや世はわたしを見ない。

だが、あなた方はわたしを見る。

わたしは生きており、あなた方も生きるようになるからである。

その日、あなた方は知るであろう。

わたしが自分の父のうちにおり、あなた方がわたしのうちにおり、

わたしもあなた方のうちにいることを。

 

 人がわたしの命令を保ち、それらを守るなら、

その人こそがわたしを愛する人である。

わたしを愛する人はわたしの父から愛されるようになり、

わたしも彼を愛して、彼にわたし自身を顕すことになる。」

 

 イスカリオテの出ではないユダが彼に言う。

「主よ、私達にあなたご自身を顕そうとなさり、世に顕そうとなさらない。

それは一体どうしてなのですか。」

 

 イエスは答えて彼に言った。

 

 「わたしを愛する人がいれば、わたしの言葉を守ることになるはずである。

また、わたしの父が彼を愛するようになる。

そして、わたし達は彼のところに来て、彼のもとに住処を設けることとなる。

わたしを愛そうとしない人は、わたしのこれらの言葉を守ろうとしない。

あなた方が聞いている言葉は、わたしのものではなく、

わたしを派遣した父のものなのである。

 

 以上のことを、あなた方のもとに留まっていた間に語ってきた。

※②だが、弁護者、つまりわたしの名において父が派遣することになる聖霊

この方があなた方をすべてについて教え、

このわたしがあなた方に話したことをすべて思い起こさせるであろう。

平和をわたしはあなた方に遺し、わたしの平和をあなた方に与える。

世が与えるようにではなく、わたしがあなた方に与える。

 

 あなた方の心がもうこれ以上かき乱されてはならない。

あなた方の心は怯えるのをやめなさい。

あなた方はわたしが自分達に

『わたしは往くが、あなた方のもとに来る』と言ったのを聞いた。

仮にわたしを愛しているのなら、あなた方は

わたしが父のもとへ行くのを喜んでくれるはずである。

父はわたしより大いなる方なのだから。

 

 ことが起こる前に、今、あなた方に話しておいた。

ことが起こる時、あなた方が信じるようになるために。

もうあなた方と多くは語るまい。世の支配者が来ようとしているからである。

彼はわたしに対して何もできない。

だが、わたしが父を愛し、父がわたしを命じた、

その通りに行おうとしていることを、世が知るように。

立て、ここから出て行こう。」

 

 

 

 

❖補足文

※①もう一人の弁護者~世はこれを受け入れることは出来ない。…解説より、他の新訳諸文書で「聖霊」と呼ばれるものが、ヨハネ福音書では「真理の霊・弁護者」と呼ばれる。15:18-25がイエスと弟子達に対する世の憎悪を述べた後、16:2,3はそれより具体的に述べるが、この文脈の中で15:26-27は弁護者に言及し、16:4以下がこれについて詳述する。

ヨハネ第一の手紙2:1>にも言及がある。弟子達が裁かれる時に、イエスのために証することを授けるという聖霊のこの機能は、共観福音書にも述べられている。<マルコ13:11><ルカ12:11-12>。また理解を授けるという機能も述べられている。

※②だが、弁護者~父が派遣することになる聖霊聖霊についての解説は、世の終わりに、神から与えられると信じられていた救いの霊、キリスト教は、それがイエスの復活で現実と化し、<ローマ1:4>、信者には終末の賜物の先取りとして既に与えられているとした。特に<ルカ、パウロ>参照。

 

 ✤15・16章より、この弁護者と聖霊のことの意味が理解しやすくなります。)

 

 

ヨハネの福音書 13.

ヨハネ福音書

 

 

 

 

 13.

 

 象徴行為としての洗足

 

 過越の祭りの前に、イエスはこの世から父のもとに移るべき、自分の時の来たことがわかり、※①世にいる自分に属する人々を愛するにあたって、この人々を極みまで愛した。

 

 さて、食事がなされていた間に、悪魔は既にイスカリオテのシモンの子ユダの心に彼を引き渡そうという考えを吹き込んでいたのだったが、父がすべてを自分の手に委ねたこと、また自分が神から出て来て、その神のもとへ往こうとしていることがわかって、食事の席から立ち上がり、上着を脱ぐ。

そして、手ぬぐいを取って腰に巻き付けた。それから、たらいに水を入れる。

そして、弟子達の足を洗っては巻き付けた手ぬぐいで拭き始めた。

 

 

 

❖補足文

※①世にいる自分に属する人々~この人々を極みまで愛した。…15:13の意味で訳したが、「最後まで」、つまり死に至るまでととることも可。イエスが受難と死を意識的に承諾して自らの身に引き受けたことを言おうとする著者は、彼の死を積極的な愛の行為として意味づけている。)

 

 

 

 

 象徴行為の説明

 

 こうして、シモン・ペトロの所に来ると、ぺトロは彼に言う。

 

 「主よ、あなたが私の足を洗われるというのですか。」

エスは答えて、彼に言った。

 

 「わたしのしようとしていることが、あなたには今は分からない。

だが、それらのことの起こった※②後で知るようになるだろう。

 

 ペトロが彼に言う。

 

 「私の足を洗うなどということは決してなさらないで下さい。」

エスが彼に答えた。

 

 「わたしがあなたを洗わないなら、あなたはわたしと関りを持たないことになる。」

 

 シモン・ペトロが彼に言う。

 

 「主よ、私の足だけでなく、手も頭も。」

 

 イエスが彼に言う。

 

 「沐浴した人は、足の他には洗う必要がなく、全身清い。あなた方も清い。

しかし、全員ではない。」

 

 つまり彼には自分を引き渡そうとしている者が分かっていたのである。

このゆえに、「あなた方全員が清いわけではない。」と言ったのであった。

 

 

 

※②後で知るようになるだろう。…2:22,12:16から見るとイエスの死と復活の後で。

✤ペトロが主に対して、自分の足を洗わせるなどということは無礼なことだと謙遜してイエスの行為を断ったのに、イエスが「わたしがあなたを洗わないなら、あなたはわたしと関りを持たないことになる。」と言われた途端に、びっくりして即座に「主よ、私の足だけではなく、手も頭も。」と更に要求した様子はちょっと微笑ましい場面ですよね。)

 

 

 

 エスの戒め

 

 さて、彼等の足を洗い、また自分の上着をつけ、そして再び食卓についた時、彼等に言った。

 

 「わたしがあなた方に何をしたかあなた方は知っている。

あなた方は、わたしを師とか主とか呼んでいる。

そう言うのは正しい。わたしはそうなのだから。

それでは、主であり、師であるわたしがあなた方の足を洗ったのであれば、

あなた方も互いの足を洗い合わなければならない。

つまり、わたしが自分達に行った通り、あなた方自身も行うようにせよと、

あなた方に模範を示したのである。

 

 アーメン、アーメン、あなた方に言う。

僕はその主人より大いなる者ではなく、

遣わされた者は自分を派遣した者より大いなる者ではない。

このことが分かっているなら、そして、それを行うなら、あなた方は幸いである。

 

 わたしは、あなた方皆について言おうとしているのではない。

自分が誰を選んだかが、わたしには分かっている。

だが、

※③わたしのパンを食する者がわたしに向かってその踵(かかと)を上げた

という聖書が満たされなければならない。

ことが起こる前に、今からあなた方に言っておく。

ことが起こった時に、わたしがそれであることをあなた方が信じるようになるために。

 

 アーメン、アーメン、あなた方に言う。

誰であれ、わたしが派遣する者を受け入れる人は、わたしを受け入れるのであり、

わたしを受け入れる人は、わたしを派遣した方を受け入れるのである。」

 

 

 

❖補足文

※③わたしのパンを食す者がわたしに向かってその踵を上げた…<詩編41:10>の自由な引用。「踵を…」は、「踏みつける」とでもいった意味か。新共同訳は「逆らった」と訳している。

 

✤以下に、ダビデの歌<詩編41:8-11>を紹介します。

 

 詩編41:8-11>

 

 

 私を憎む者はみなともに私に敵対して囁き合い、

私に対して我が災いを諮るのです。

 

 「※魔の言葉が彼に注ぎこまれているのだ。」

(※音訳はベリーヤアル。人に滅びをもたらす悪魔的存在で「破滅」などとも訳される)

また「臥した(ふした)者は二度と立ち上がれないのだ。」と。

私が拠り頼んだわが平安の人でさえ、

わがパンを食べながら、私に対して※踵を大きくしました。

(※踵を大きくするは、敵対の象徴か。)

 

 あなたが、ヤハウェ、私を憐れんで下さい。

彼等に私が報復できるように。 )

 

 

 

 

 

 裏切る者の退去

 

 これらのことを話してから、イエスは霊がかき乱され、証して言った。

 

 「アーメン、アーメン、あなた方に言う。

あなた方のうちの一人が、私を引き渡そうとしている。」

 

 弟子達は、一体誰のことを言っているのかと当惑して、互いに顔を見合わすばかりであった。彼の弟子達のうちの一人が、イエスの傍で席に着いていた。

それは、イエスが愛していた弟子であった。

すると、シモン・ペトロが、イエスの言っているのが一体誰であるか問いただすようにと、この人に合図した。

その人は、そのようにイエスの懐近くで食卓につき、彼に言う。

 

 「主よ、それは誰ですか。」

エスが答える。

 

 「わたしがパン切れを浸して、与えることになる人がそれだ。」

 

 さて、パン切れを浸した後取って、イスカリオテのシモンの子ユダに与える。

パン切れを受け取って後、その時、サタンがこの人の中に入った。

 

 そこで、イエスは彼に言う。

 

 「しようとしていることを、早くしてしまえ。」

 

 だが、これを彼が何のために言ったのか、席に着いていた人々のうち誰も知らなかった。つまりユダが金庫番であったので、ある人達は、イエスが祭りのため、自分達に入用なものを買って来いとか、貧しい人達に何かあげて来いとか彼に言っているものとばかり思い込んでいたのである。

 

 さて、この人はパン切れを受け取ると、ただちに出て行った。夜であった。

 

 

 

 告別説教の導入部

 

 さて、彼が出て行くと、イエスは言う。

 

 「今、人の子が栄光を受け、彼(イエスのこと)において神が栄光を受けた。

彼において神が栄光を受けたのなら、神も自らにおいて人の子に栄光を与えることとなる。それもただちに彼に栄光を与えることとなる。」

 

 

 

 退去の予告と相互愛の命令

 

 「子等よ、まだしばらくの間、わたしはあなた方と共にいる。

あなた方は私を求めることとなる。

わたしはユダヤ人達に

『わたしの往こうとしているところに、あなた方は来ることが出来ない。』

と言った。同じように、今あなた方にも言う。

 

 新しい命令をあなた方に与える。

あなた方も互いに愛し合うようにと、わたしがあなた方を愛した。

同じように、あなた方は互いに愛し合いなさい。

あなた方が互いに対して愛を持つなら、

それによって、あなた方がわたしの弟子であることを、

すべての人が知るようになるであろう。」

 

 

 

 

 ペトロの否みの予告

 

 シモン・ペトロが彼に言う。

 

 「主よ、何処へ往かれるのですか。」

エスが彼に答えた。

 

 

「わたしの往こうしているところに、

あなたはわたしに今はついて来ることが出来ないが、後でついて来ることになる。」

 

 ペトロが彼に言う。

 

 「主よ、なぜ今あなたについて行くことが出来ないのですか。

あなたのためには自分は命も棄てるつもりです。」 

 

 イエスが答える。

 

 「わたしのために自分の命を棄ててくれるというのか。

アーメン、アーメン、あなたに言う。

あなたが三度わたしのことを否むまでは、鶏は決して鳴かないであろう。」

 

 

 

 

 

 

◆◆ぺトロについて

 ペトロはイエスの一番弟子であり、12使途の中でもトップリーダーだった人です。

そして、イエスに最も愛された弟子でもありました。

新約聖書の中で

<ペトロ第一の手紙><ペトロ第二の手紙>がペトロの文書となっています。

弟子達の残した文書は、イエスから受けた教えを信者達(もしくは非信者達)に、より理解しやすく、より深い形で伝えようとしているので、また近々紹介しようと思っております。

 

 

 あとペトロについて、本文以下解説より。

 

 漁民で、共観福音書によればカファルナウムに家を持っていた。本名はシメオン<使途15:14>、ないしそのギリシャ語版。シモン<マコ1:16平行>、イエスから「ケファ」Kephaアラム語で「岩」というあだ名を与えられ、それがギリシャ語化したのが「ペトロ」(ギリシャ語の「岩」を示す女性名詞「ペトラ」を男性化した形)。

エスの直弟子中、筆頭格、エルサレム原始教会を最初期において指導した。しかし「主の兄弟」ヤコブが実験を握ってからは、足跡が明確ではない。妻を連れて放浪伝道を行った形跡がある。<第1コリント9:5>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヨハネの福音書 12.

ヨハネ福音書

 

 

 

 

 12.

 

 

 

 ベタニアでの塗油

 

 さて、過越祭の6日前、イエスはベタニアに来た。イエスが死人の中から起こしたラザロのいたところである。ここで、人々は彼のために食事の席を設けた。

マルタが給仕し、ラザロは彼と共に席に着いている人々の一人であった。

 

 さて、マリヤが純粋で高価なナルド香油1リトラ(約326g)を取ってイエスの足に注ぎ、自分の髪でその足を拭った。家は香油の香りで満たされた。

彼の弟子達のうちの1人、後で彼を引き渡すことになる、イスカリオテのユダが言う。

 

 「なぜ、この香油は300デナリオンで売られ、貧しい人々に施されなかったのか。」

彼がこう言ったのは貧しい人達のことを心にかけていたからではなく、盗人であり、金庫番でありながら、その中身をくすねていたからである。

 

 ところが、イエスは言った。

 

 「彼女のしたいようにさせてあげなさい。※①わたしの葬りの日のためにそれを取っておいたことになるためである。

あなた方のところには、あなた方と共にいつも貧しい人々がいるが、わたしはいつもあなた方のところにいるわけではないのだから。」

 

 さて、ユダヤ人達からなるあの大勢の群衆が、彼がそこにいることを知り、イエスのためばかりでなく、彼が死人の中から起こしたラザロをも見ようとしてやって来た。

祭司長達はラザロも抹殺してしまおうと協議した。

彼ゆえにユダヤ人達の多くが去って往き、イエスを信じそうになっていたからである。

 

 

 

※①わたしの葬りの日のため~なるためである。…<申命記15:11>ラビ達によれば、葬りは憐みの業であって、前者が優先されるべきだという。)

 

 

 

 エルサレム入り

 

 その翌日、祭りに来た大勢の群衆が、イエスエルサレムに来ようとしていると聞いて、なつめ椰子の枝を取り、彼を出迎えるために出て行った。そして叫び始めた。

 

 ※②ホサンナ、主の名において来るべき者、

すなわちイスラエルの王に祝福あれ。」 

 

 イエスは子ろばを見つけて、その背に座った。

聖書に書かれている通りである。

 

 ※②シオンの娘よ、もう恐れることはない。

見よ、あなたの王が来ようとしている、

ろばの背に座って。

 

 これらのことを弟子達は当初は知らなかった。

しかしイエスが栄光を受けた時、その時になって、これらのことが彼について書かれていたのであり、これらのことを人々が彼に行ったのだということを思い起こしたのであった。

 

 さて、彼がラザロの墓の中から呼び出し、死人の中から起こした時、彼と共にいた群衆が見たことを証していた。彼がこの徴を行ったことを聞いた、そのために群衆は彼を出迎えまでしたのであった。

それでファリサイ派の人々は自分達の仲間内で言い合った。。

 

 「見ろ、お前達のやってきたことは何の役にも立たなかった。見ろ、世を挙げてあの男の後について行ってしまった。」

 

 

❖補足文

※②ホサンナ~イスラエルの王に祝福あれ。シオンの娘よ~ろばの背に座って。…<詩編118:25-26>からの引用。「イスラエルの王」は<ゼファ3:15>から。<ゼカリア9:9>の引用。

 

 ✤以下に紹介します。

 

 <ゼファ3:15>

 

 ヤハウェはあなたに対する裁きを取り除かれた。

あなたの敵を退けてくださった。

イスラエルの王のヤハウェがあなたの中におられる。

 

 

 <ゼカリヤ9:9>

 

 シオンの娘よ、大いに喜べ。

エルサレムの娘よ、勝利の叫びを上げよ。

見よ、あなたの王があなたのもとに来る。

義にかなった者、救われた者である。

謙遜であり、ろばに、しかも成熟した、雄ろばの子に乗っている。

 

 

 <詩編118:22ー28>

 

 大工たちの斥けた(しりぞけた)一つの石が隅の礎石になった。

ヤハウェによりこのことは成った。

これは我等の目には不思議だった。

今日はヤハウェの日、

我等これを歓喜し、喜ぼう。

 

 ああ、ヤハウェ、どうぞお救いください。

ああ、ヤハウェ、どうか成功させてください。

 

 祝福あれ、ヤハウェの名において来る者。

我等はあなた達を祝福する、ヤハウェの家から。

ヤハウェこそ神。

そして彼等が我等に輝いた。

綱で祭壇を結べ、祭壇の角に至るまで。

 

 我が神はあなた。

あなたを私は讃えます。

我が神よ、あなたを私は崇めます。 )

 

 

 

 最後の公の話

 

 祭りにあたって、礼拝するためにのぼってきた人々の中に、幾人かのギリシャ人がいた。さて、この人々がガラリヤのベトサイダ出身のフィリッポスのところに来て、

 「あの、イエス様にお目にかかりたいのですが。」と言って彼に頼んだ。

フィリッポスは来て、アンドレアスに言い、アンドレアスとフィリッポスが一緒に来て、イエスに言う。

 

 イエスが彼等に答える。次のように言って。

 

 「時が来た。人の子が栄光を受ける時が。

アーメン、アーメン、あなた方に言う。

麦の種が地に落ちて死なないなら、それは一つのままで残る。

だが、もしも死ぬなら、多くの実を結ぶ。

自分の命に愛着する者は、それを滅ぼし、

この世で自分の命を憎む者は、それを永遠の命にまで護ることになる。

誰かがわたしに仕えたければ、わたしについて来なさい。

わたしのいるところ、そこにこそわたしの仕える者もいることになる。

誰かがわたしに仕えるなら、父はその人を尊重するであろう。

 

 今、※③わたしの魂はかき乱されている。

何を言おうか。

『父よ、わたしをこの時から救い出してください。』と言おうか。

だが、このために、

この時のためにわたしは来たのだ。

 

 父よ、あなたの名の栄光を現わしてください。」

 

 すると、天から声が来た。

 

 「わたしは栄光を現わした。また現わすことになる。」

 

 そこに居合わせて、これを聞いた群衆は、雷が鳴ったのだと言い出した。

御使いが彼に語ったのだと言い出す人達もあった。

エスは答えて言った。

 

 「この声がしたのはわたしのためではなく、あなた方のためである。

今が、この世の審きの時である。

今、この世の支配者が外へ追い出されることになる。

そして、わたしは地から挙げられるなら、

その時にはすべての人をこの私の方へ引き寄せることになる。」

 

 これはどのような死に方で死ぬことになっているかを示そうとして話していたのである。

すると、群衆が彼に答えた。

 

 「我々は律法から、キリストが永遠に留まり続けると聞きました。それなのにあなたはどうして人の子は挙げられなければならないと言われるのですか。その人の子とは一体誰ですか。」

 

 するとイエスは彼等に言った。

 

 

「まだしばらくの間、※光(※イエスのこと)があなた方の間にいる。

闇があなた方を捕らえることのないよう、自分達に光があるうちに歩みなさい。

闇の中を歩む人は自分が何処へ行こうとしているのか分からないでいる。

光の子等となるため、自分達に光のあるうちに、光を信じなさい。」

 

 イエスは以上のことを語り、去って彼等から身を隠した。

 

 

❖補足文

※③わたしの魂はかき乱されている。…<詩編6:4,31:10>「魂」は25節で「命」と訳したのと同じ語。

 

 ✤以下に<詩編6:1-11>を紹介します。なぜ、イエスがこの詩編から言葉を選んだかを考えると、彼自身のその時の心情と、後のイエスに信仰を抱き、ついて行こうとする者達へのメッセージであることが伺えると思います。

 

詩編6:1ー11>

 

 指揮者に。弦による。

第8調で、ダビデの歌。

 

 ヤハウェよ、あなたの怒りのうちに私を罰しないでください。

あなたの憤りのうちに私を懲らしめないでください。

私を憐れんでください、

ヤハウェ、弱り果てたのです、この私は。

 

 私をお癒しください。

ヤハウェ、おびえているのです、わが骨は。

わが魂はひどくおびえています。

あなたは、ヤハウェ、何時まで。

 

 引き返してください、ヤハウェ

我が魂を助け出してください。

私をお救いください、あなたの恵みゆえに。

死んであなたを思い起こすことがないのですから。

冥界でだれがあなたを讃えましょう。

 

 私は疲れました、我がうめきに。

私はひたすのです。夜ごと我が寝床を。

涙で我がしとねを濡らすのです。

我が目は、悲しみゆえに弱り、

私を責める者すべてによって衰えました。

 

 私から離れよ、悪事をなす者等はみな。

ヤハウェが我が嘆きの声を聞いたのだ。

ヤハウェが我が願いを聞いた、

ヤハウェが我が祈りを受け入れるのだ。

 

 恥をかき、ひどくおびえよ、我が敵はみな。

引き返し、恥をかけ、たちまちに。)

 

 

 

 前半の結び

 

 さて、彼がこれほど多くの徴を彼等の前で行ったにもかかわらず、彼等は彼を信じようとしなかった。預言者イザヤの、次のように言った言葉が満たされるためであった。

 

 

 主よ、私達の告げることを誰が信じたでしょうか。

主の腕は誰に顕されたでしょうか。

 

 

 イザヤは次のようにも言った。

そのゆえに彼等は信じることが出来なかったのである。

 

 

 神は彼等の目を盲目にしてしまっており、

彼等の心を頑なにした。

彼等が目で見ず、心で理解せず、

立ち帰らず、私が彼等を癒すことのないように。

 

 イザヤがこれを言ったのは彼の栄光を見たからであり、彼について語ったのである。

とはいうものの、指導者達の中からも多くの人々が彼を信じたのではあった。

しかし、彼等はファリサイ派の人々のゆえに、会堂から追放されないため、公には信じようとはしなかったのである。

つまり、彼等は神の栄光よりも人間の栄誉を愛したのであった。

 

 

 

 エスの答えの総括

 

 イエスは叫んで言った。

 

 「わたしを信じる人は、わたしではなく、

わたしを派遣した方を信じているのであり、

わたしを見ている人は、わたしを派遣した方を見ているのである。

わたしを信じる人が、誰一人として闇の中に留まることのないよう、

わたしは光としてこの世に来ている。

 

 人がわたしの言葉を聞いてそれを護らなくても、わたしはその人を審かない。

わたしは世を審くためでなく、世を救うために来たのだからである。

わたしを拒み、わたしの言葉を受け入れない人には、その人を審くものがある。

わたしの語った言葉、それが終わりの日にその人を審くことになる。

 

 わたしはわたし自身から語ったのではなく、

何を話し、何を語るかは、わたしを派遣した父自らが、

わたしに命令を与えてきたからである。

そして父の命令が永遠の命であることがわたしには分かっている。

それでわたしの語っていることは、父がわたしに話してきたように、

わたしはその通りに語っているのである。」

 

Breakout 5.

Breakout 5.

 

 

 彼等の二元論

 白と黒のはなし

 

 

 フリーメイソンのカラーの「白と黒」。

これは「偽善と悪」だとよく言っておりますが、ということは、彼等は要約すると、偽善は、聖書的にも悪よりも悪いことなので、彼等は「最悪と悪」しかない集団ということになります。

しかし、この「白」の偽善は、世間的にはあまり知られていなかったりするので、世間的には「白」のカラーが正義や愛に映ってしまっています。

エスも言っていますが、彼等サタン(サタンに組する人間も含む)は、「はじめからの嘘つきで、人殺し」です。

 

 世界は今、グローバリスト対、反グローバリストの構図で物事を見極め、分断された世界で戦い始めています。ほんの5年~10年前は、こうしたグローバリスト達、闇の勢力、支配層の陰謀論は、一部のネット民達だけの話題で、結構馬鹿にされたりした話でしたが、それが今では「陰謀論」が現実で、嘘偽りのない話だったと、ネット民に限らず一般の人々の知識や理解へと広がってくるようになりました。

そして、それと付随するかのように、キリスト教圏の国以外においても、ロシアのウクライナへの侵攻と、イスラエルとガザの紛争などから、「聖書」の『エゼキエル戦争』の預言が近く実現するのではないかと噂されるようになりましたね。

 

 ところで、ちょっと前にロシアのプーチンとタッカーカールソンの歴史的なインタビューが世界的な話題となり、日本でも自民党政権への国民の強い反発から、アメリカのバイデン政権への不信が強まり、トランプへの信頼と人気に世論が傾くようになってきました。

バイデンは当然、グローバル側なんで、トランプは早くから反グローバリストだと主張していたために、世界的にも日本よりも前から人気や注目度が高かったですよね。

(ちなみにバイデンは認知症らしいので、バイデンを操っているのはオバマです。)

それに、世界中で自国の腐敗政治に対する国民の怒りやデモがあちらこちらで起こされていることも私達は知っています。

これはつまり、「白×黒」「善×悪」の対立構図そのものであり、先に言ったグローバリスト(支配層)×反グローバリスト(人類)の構図になっているということです。

特に3年前のコロナパンデミックが起きてから、このような形に自然になってきたかのように思うかもしれませんが、一度目のコロナパンデミックは、世界を一つに、それも一気にまとめ上げるための、前哨戦であり、初めての実践です。

 

 

 歴史は、この世で君臨するトップの支配層、6人ですか?3人ですか?で常につくられているのです。

ですから、これは国同士が争うために造られた生物兵器ではなく、彼等の計画通りの展開なのです。このあたりも一部では随分理解される人々が増えてきましたね。

彼等支配層は自分達を神の子として置き、それ以外を家畜「ゴィム」としていることを忘れてはいけません。

 

 彼等は「聖書」を利用しながら、この世の歴史を創造してきました。

その理由をある有名陰謀論者のM氏は「だって、聖書通りに行えば、最後に支配して成功することが出来るから。」と言っています。この成功の意味は経済的なことを指してM氏は言っています。

それと、彼等がその血統にこだわっている理由も、「神はユダヤ人を最後に選民として選ぶ」からだと。そして「選ばれた神の選民は永遠の命を得られる」と信じているからだと言っていました。

 まあ、だいたいは合っていますけども、M氏は宗教的な観点は間違っている人で、宇宙人説を聖書に持ち込んで話しているんですよね。

まんま、支配層の『宇宙プロパガンダ』の、彼等の望み通りに騙されているわけです。

 

 彼等は「聖書」を自分達の都合のいいように曲解しているのです。

「霊的な神の子イエスキリストと、同じ神の子ルシフェルは兄弟であるから、自分達は、その両方の血統を受け継いでいる(ダビデとその子供ソロモンの血統)」のだと。

スピ系もよく似たような話をしています。

意味分かりますか?

彼等の「善と悪」の二元論哲学は同等なのです。つまり、イエスは善であるが、実はルシフェルと同じ兄弟であるから、悪である。つまり偽善だという理論でしょうか。

エスは偽善を何より嫌っています。

そして、イエスルシフェルは同じ神の子であり、神と子等は一つでもある。

三位一体であると言っています。そのくせ、彼等、支配層はイエスよりも、サタンであるルシフェルを自分達の神、父と呼んでおり、イエスを蔑んでいます。

とすると、つまり、彼等は嘘つきですから偽善的イエスとは、ルシフェルのことであり、「聖書」預言のイエスの再臨は、三位一体の神である偽物のイエスルシフェルとなるわけです。

そして、ルシフェルのその望みどおりに彼等は自分達の父の再臨計画をしています。

ルシフェルがその計画を、彼等に直接話し、指導しています。

古代より降霊術や魔術によって、この世の支配層達と交信してきたのは間違いありません。古代から麻薬なる薬も宗教的儀式には欠かせないものでした。

世界で最初の「薬局」を作り、金銭的利益を得たのはイエズス会でした。

 

 ここまできて、そんな悪魔の霊なんて存在しないとか、聖書は神話なんだ、とまだ言う馬鹿な人いますでしょうか?

はっきり言いますが、そういう人は聖書を理解することは不可能ですし、本当の意味でお花畑の住人ですからね。

聖書的には「サタンのベールにかけられた人々」のことです。

 

 

「聖書」は確かに神が人類へ宛てた手紙であり、この世のはじめと終わりを教えた書物です。

そして、支配層は聖書が「自分達へ宛てた手紙である」と信じて疑っていません。

自分達の血統がイエスではなく、アシュケナージの偽りのユダヤ人であることを知っており、それゆえに、自分達の血統の運命にあらがうべく神とイエスに戦いを挑んでいるのです。彼等の魂は悪魔の霊と一つだからです。

彼等はそのことを代々生まれた時から親から教えられ育っています。

彼等は「血の盟約」でその本性を語っているように、最後、自分達の魂が何処へ往くのかを知っているのです。それは永遠の地獄なのです。

 

 

  さて、次なるプランデミックで言われているような彼等の計画で、人体にAIチップを入れる件ですが、その理由は人類に「666」の自分達の完全なる奴隷(ゴィム)に焼き印を押すためであり、それも神の選民として選ばれた人間達、すなわち本当のユダヤ人の血統に焼き印を押したいというのが彼等の本音です。

それは、すなわち「日本人」の血統を指しているようです。

とか残念ながら、もうそうだとしか思えない状況なんですね。

WHOの一番の推進国が日本だと知った頃からですね。

日本人を世界一のワクチン・モルモットにしたい?

それはキッシーが発言したとしても、まさに彼等の望むところなんですよ。

あと、世界中のセレブが日本が好きだとか、別荘買ってるとかね。

ビル・ゲイツも持ってますし、なぜか日本に集中しすぎですよね。

しかし、あのド変態の女装家シュワブは、奴隷としてはいいが、日本人が大っ嫌いだそうですね。分かりますよ。本物のユダヤ人が多いんだからを好きなわけがありません。

 

 あと、トランプとかゼレンスキーは元俳優ですね。

彼等は善人を演じた偽善者だと思ってますし、もちろんプーチンも同じ仲間ですが、

タッカーカールソンもね、実はCIAエージェントだという話を聞きました。

世に出て堂々と、ましてや世界中にバレバレに訴える形の「正義」というのは、だいたいあちら側の演出ですからね。

タッカーカールソン、全然生きて元気してますしね。もし敵なら、バイデンが彼を攻撃しないなんでありえないし、

普通は独立した報道機関なんてのは、世界中のマスコミを牛耳っている彼等が見逃すはずはないですからね。自分達の敵なら絶対潰してます。

CIAエージェント説に私も1票です。

彼とプーチンとトランプが正義のヒーローに見えるように演出してると思っています。

歴史を、世論を作っているのは、依然として支配層なのです。

彼等は誰にも追い詰められてはいません。

追い詰められているように、いかにもそう見えるように世論を動かしているだけです。

 

 聖書では最後には「悪が成敗されて、神の選民が輝く」ことになっているのです。

その「悪」を演じる側と、悪を成敗する「正義」の側を自作自演しているに過ぎないのです。そして次が重要です。

 聖書では「神が選民となる小さな群衆を世界中から集める。」と書かれています。

ですから、AI技術による世界的監視システムが彼等には必須でしたし、あらゆる情報システムが必要でした。

CIAだけじゃなく、MI6とかKGBとか、そういう有名どころもだけれど(戦争が主の目的だと思ってはいけません。)、イエズス会が本拠地でしょうが、とにかく「聖書」預言に描かれた、神が集める義人の群衆達を彼等は常に探しているのです。

その方法として、自ら偽善の「正義の味方」を演じてそういう集団を創設したりしています。

世界で起きてくる様々な「正義の旗」運動の発起人の中にも彼等はいますし、後からその仲間にも入り込んできます。

これは、私の意見ではなく、けっこう昔から言われていることです。

もちろん、彼等が探す理由は邪魔をして破壊するためです。

 

 

 ところで、余談ですが、支配層で表向きでは善良ぶった王族達ですが、

彼等が自分の国にどれほどの愛を抱いているのか知りませんが、彼等の身内の中においても「白×黒」のトラブルの構図が出来ているのはどうしてでしょうか。

イギリスと日本の王室は仲良しなので、比較がよくされてますが、皇室家族の中でも「善×悪」の人間模様をはっきり表に見せているのはある意味不思議ですよね。近年の開かれた王室とはいうものの、暗部は隠したいはずだけど、イギリスのチャールズの子供の兄弟不仲と日本の王室の兄弟不仲説はけっこう見せつけているような気がします。

もう少し時代が先に進み、民衆の王族に対する信頼や信仰、愛が冷えた時、もしくは憎しみに転じて怒りが激しく燃えた時に、身内のどちらかを民衆に生贄に差し出して逃れようというつもりなのか?とか、悪魔の二元論的に善人ぶっている方のが裏では「悪」なんじゃないのかと思ってしまいます。

 

 

 

 

ヨハネの福音書 11.

ヨハネ福音書

 

 

 

 

 11.

 

 病気の報告とイエスの反応

 

 一人の人が病んでいた。※①マリヤとその姉妹マルタの村、ベタニアの出のラザロである。マリヤは主に香油を注ぎ、その足を自分の髪で拭った人である。

その兄弟ラザロが病んでいた。そこで、姉妹達は彼のもとに人を遣わして言った。

 

 「主よ、あなたがほれこんでくださっている人が病んでいます。」

これを聞いてイエスは言った。

 

 「この病は死に向かうものではなく、神の栄光のため、

神の子がそれを通して栄光を受けるためのものである。」

 

 イエスはマルタとその姉妹、そしてラザロを愛していた。

ところが、「病んでいる」と聞いた時、「よりによって」その時、自分のいる場所に2日間留まったのであった。

それから、この後、弟子達に言う。

 

 「もう一度ユダヤへ行こう。」

 

 弟子達は彼に言う。

 「ラビ、ついこの間、ユダヤ人達があなたを石で撃とうと狙っていました。

それなのに、またあそこへ行こうとなされるのですか。」

 

 イエスが答えた。

 

 「12時間が昼に達しているではないか。人が昼間歩むなら、躓くことはない。

この世の光が見えるからである。

だが、夜間歩むなら、躓く。自らのうちに光がないからである。」

 

 これを言って、その後彼等に言う。

 

 「わたし達の友ラザロは眠りについてしまった。

だが、彼を眠りから覚ますためにわたしは行く。」

 

 そこで弟子達が彼に言った。

 「主よ、眠り込んでいるのなら、助かるでしょう。」

 

 イエスは彼の死について話したのだが、この人達は睡眠という通常の眠りのことを言っていると思ったのである。

そこでイエスは彼等に今度ははっきりと言った。

 

 「ラザロは死んだ。

あなたがたゆえ、あなたがたが信じるようになるため、

わたしは自分がそこにいなかったことを喜ぶ。

ともかく彼のもとへ行こう。」

 

 すると、※②ディデュモスと呼ばれるトマスが仲間の弟子達に言った。

 「我々も行こう。彼と一緒に死ぬために。」

 

 

 

❖補足文

※①マリヤ…定本ではマリアム。以下、マリヤとマリアムが混在しているが、本訳では20:16を除き、他の分の訳語はすべてマリヤに統一する。

※②ディデュモスと呼ばれるトマスアラム語トーマーのギリシャ語。ふたごの意味。)

 

 

 

 

 マルタとの対話

 

 さて、イエスが来てみると、ラザロがもう4日間墓にいることが分かった。

ベタニアはエルサレムに近く、15スタディオン(約3㎞弱)ばかりの距離であった。

ユダヤ人達の多くが、マルタとマリヤに兄弟のことで悔やみを言おうとして彼等のところに来ていた。

 

 さて、「イエスが来る」と聞いて、マルタは彼を出迎えたが、マリヤの方は家の中で座っていた。

さて、マルタはイエスに向かって言った。

 

 「主よ、あなたがここにいて下さったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。

けれども、あなたが神にお願いになることは何でも、神があなたにお与えになることが、私には今でも分かっています。」

 

 イエスが彼女に答えて言う。

 

 「あなたの兄弟は甦るであろう。」

 

 マルタが彼に言う。

 「終わりの日、甦りの時に彼が甦ることになっているのは、私には分かっています。」

 

 イエスが言った。

 

 「わたしは甦りであり、命である。

わたしを信じている人は、たとえ死んでも生きることになる。

また、生きてわたしを信じている人は、いつまでも決して死ぬるようなことはない。

あなたはこれを信じるか。」

 

 彼に言う。

 「はい、主よ、

あなたがこの世に来るはずの神の子キリストであることを、私は信じ切っています。」

 

 

 

 マリヤとの対話

 

 彼女はこれを言ってから立ち上がり、その姉妹マリヤを呼んでこっそりと言った。

 「先生がそこにおられ、あなたを呼んでおられる。」

 

 この女(ひと)はそれを聞くと、すぐに起き上がって彼の所へ行き始めた。

エスはまだ村の中に入らず、まだマルタが出迎えたその場所にいた。

 

 さて、彼女と一緒に家にいて彼女に悔やみを言っていたユダヤ人達は、マリヤが急いで立ち上がり、出て行ったのを見て、墓に行ってそこで泣くのだろうと思い、彼女について行った。

 

 さて、マリヤはイエスのいたところに来ると、彼を見るなり、

 「主よ、あなたがここにおられたのなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。」

と彼に言いながら、その足下にひれ伏した。

すると、イエスは彼女が泣き、また一緒に来たユダヤ人達も泣いているのを見ると、心の深いところで憤りを覚え、かき乱され、そして、

 

 「あなた方が彼を置いたのは何処か。」

と言った。

 

 彼に言う、

「主よ、来てください。そして、見てください。」

 

 イエスは涙を流した。そこで、ユダヤ人達は言い出した。

「ごらん、どれほど彼にほれこんでいたことか。」

 

 だが、彼等のうちのある者達は言った。

 「盲人の両目を開けたこの人が、この人も死なないようにはできなかったのか。」

 

 

 

 ラザロの甦り

 

 さて、イエスは自らのうちに再び憤りを感じながら、墓に来る。

それは※③洞穴であって、その入り口のところに石が置かれていた。

エスは言う。

 

 「その石をどかせなさい。」

 

 彼に死者の姉妹マルタが言う。

「主よ、もう臭っています。4日目ですから。」

 

 イエスが彼女に言う。

 

 「信じるなら、神の栄光を見ることになると、あなたに言っておいたではないか。」

 

 それで、人々が石をどかせた。

エスは目を挙げて言った。

 

 「父よ、わたしに耳を傾けて下さったことを感謝します。

あなたがわたしにいつも耳を傾けて下さっていることがわたし自身には分かっていましたが、まわりに立っている群衆のために申します。

あなたこそがわたしを遣わされたことを彼等が信じるようになるために。」

 

 

そして、これを言ってから大声で叫んだ。

 

 「ラザロ、外へ出てきなさい!」

 

 死者は、両足、両手を包帯で巻かれたまま出て来た。

その顔は汗拭き布で包まれていた。

エスが人々に言う。

 

 「彼を解いてやり、彼を往かせてあげなさい。」

 

 

※③洞穴…言葉通りだと、「その上に」だが、ヘロデ王家の墓、アディアベネのヘレナの墓など、当時の墓は洞穴で、入口のところは、立てられた円盤状の石を溝の中を滑らせて開閉するようになっている。「石をどかせなさい。」(39)、「石をどかせた」(41)、「目を上に挙げて」(41)、「この場所と民族を取り上げてしまう」(48)、はすべて同じ語であり、言葉遊びがあるように思われる。)

 

 

 

 

 人々の反応

 

 それで、ユダヤ人達の中で、マリヤのところに来て、彼の行ったことを観た多くの人々が彼を信じた。

だが、彼等のうちのある者達はファリサイ派の人達のところへ立ち去り、イエスの行ったことどもを彼等に話した。

それで祭司長達およびファリサイ派の人々は最高法院を召集して、言い始めた。

 

 「我々は一体何をしているのだ。この人間が多くの徴を行っているというのに。

我々が彼をこのまま放置するなら、人々が皆、彼を信じるようになってしまうだろう。

そして、ローマ人がやって来て、我々からこの場所と民族を取り上げてしまうだろう。」

 

 彼等のうちのある一人の人、※④その年に大祭司であったカヤファが彼等に言った。

 

 「あなた方には何も分かっていない。一人の人間が民のために死んで、民族全体が滅びないで済むことが、自分達にとって得策だということを、あなた方は考えようともしていない。」

 

 ※⑤彼はこれを自分から言ったのではなく、その年の大祭司だったため、エスがこの民族のために死ぬことになることを預言したのである。

この民族のためだけでもなく、散らされている神の子供達をも一つに集めるために死ぬことになっていたのである。

 

 それでこの日以来、彼等は彼を殺そうと協議した。

それで、イエスはもはやユダヤ人達の間を公然と歩むことはせず、そこから荒野に近い地方、エフライムという町に立ち去り、弟子達と共にそこに留まった。

 

 

 

❖補足文

※④その年に大祭司であったカヤファ…言葉通りだと、「あの年の大祭司」2:51、18:13も同様。小アジアやシリアの異教祭司は一年で交代したが、イスラエルにその習慣はなく、外交と政治の手腕に長けたカヤファは。ローマ総督達を相手に19年間在職した。

※⑤彼はこれを自分から~なっていたのである。…ヨセフスは、『ユダヤ戦記』1・8・68で、ヨハネス・ヒルカノスには民の支配権と大祭司職と預言の力があったといい、『ユダヤ古代史』13・10・299では、預言を予知能力と言い換え、282ー283で一例を挙げている。しかし、預言能力を持った大祭司は彼以外には記されないゆえ、むしろ例外であり、ここではカヤファの政治的意図からの発言が別の次元で実現したことを述べるであろう。)

 

 

 

 過越し祭の接近

 

 ユダヤ人達の過越し祭が近かった。

多くの人々が身を清めようと過越し祭の前に地方からエルサレムにのぼって行った。

 

 さて、人々はイエスを求め、神殿境内に立って互いに言い合っていた。

 

 「あなた方はどう思うのか。彼はこの祭りにはやはり来ないのだろうか。」

 

 祭司長達とファリサイ派の人々は、彼が何処にいるのか知っている人がいれば知らせるようにと命令を出していた。彼を逮捕するためであった。

 

 

 

 

 

 11章をお届けしました。

最近忙しいせいなのか去年年末から体調崩しまして、ちょっとこのGW中に簡易手術しまして、実は三日前まで入院していました。

全然たいしたことないんですけど、なかなか聖書研究のこのブログが進まないので、もしも少ない読者様の中でお待たせしていましたら~ごめんなさい。。。(>_<)

ぼちぼちでお許しくださいませ。