tekuteku-tekutekuの日記

聖書研究と陰謀論

呼びかける 7.

〖呼びかける〗

 

 

 のびのびになってしまっていた『黙示録』の考察をやっていきます。

ただし、あくまでも相変わらずの私個人の考察と見解が入っておりますので、ご了承くださいませ。

 

 それと、黙示録を全編読んだことのない方のために、全編紹介(解説文も含み)しますが、私的な考察部分は全編ではなく、一部分のみの箇所となりますので、そこもはじめに伝えておきます。

(※注:あと、後日考察や見解が変わり内容を書き直す場合は、別口でまた書きますね。)

 

 

 

 ◫ 岩波書店新約聖書新約聖書翻訳委員会訳/小河 陽訳

 

  ヨハネの黙示録

 

 第一部

 

 第1章

 

 序文

  

  これは、イエス・キリストの黙示である。この黙示は、すぐにも起こるはずの一連の事柄を、神が自分達の僕達に示すために、イエス・キリストに与えたものであり、そして、そのイエスが今度は自分の天使を遣わして、彼の僕であるヨハネに知らせたものである。そのヨハネが、自分の見たことをすべて語って、これが神の言葉とイエス・キリストの証言であることを証言する。

 

 礼拝においてこの預言の言葉を朗読する者、そしてそれを聞き、その中に書かれていることを守る者達は、幸いである。なぜなら、それが実現する時は間近だからである。

 

 

 

 冒頭の挨拶

 

 ヨハネからアシア州にある7つの教会に挨拶を送る。現在在し(いまし)、かつても在し、またこれから来る方から、また、その方の玉座の前に侍っている7つの霊から、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

さらに、イエス・キリストからも。イエス・キリストは、信頼に足る証人であり、死人達の中から最初に生命へと生まれた者、また地上のもろもろの王の支配者である。

 

 私達をいつも愛し、また自分の血でもって、私達のもろもろの罪から、私達を解放した者、そして、彼の父である神に私達が祭司として仕えるために、私達を用いて王国を造り上げた者、この方に、栄光と権力とが世々永遠にありますように、アーメン。

 

 

 見よ、その方が雲に乗ってやって来る。

 そしてあらゆる人の目が彼を見る、

 彼を突き刺した者達さえも。

 地上のあらゆる部族は、彼ゆえに胸を打ち叩いて嘆く。

 然り、アーメン。

 

 全能者にして神なる主、現在在し、かつても在し、

 またこれから来る者がこう言われる。

「わたしはアルファであり、オメガである。」

 

 

 

 予備の幻

 

 あなた達の兄弟でもあり、イエス・キリストのうちにあって、患難と王国と忍耐とをあなた達と共に分かち合っている私ヨハネは、神の言葉を伝え、またイエス・キリストについて証言したために、パトモスと呼ばれる島にいた。

主の日に、私は背後で、ラッパの響きのような大声がするのを聞いた。

その声は、

 

「お前が見るものを小巻物に書き取って、それをエフェソ、スミュルナ、ペルガモン、テュアティラ、サルディス、フェラデルフィア、そしてラオデキアにある、7つの教会に送れ。」

 

 と言った。

 

 私は、私と話しているのはどんな声なのかと思って、後ろを振り向いた。そうして振り向いた時に、私は7つの金の燭台を見た。それらの7つの燭台の真中には、人の子のような者が全身を足元まで衣に包み、金の帯を胸に締めて立っていた。

 

 

 彼の髪は白い羊毛のように、また雪のように、真っ白であった。

そしてその目は、燃え上がる火のようであった。

その足といえば、まるで炉の灼熱で精錬されたもののような、つやのある真鍮に似ており、その声といえば、大水の轟きのようであった。

そして、右手には7つの星を持ち、口からは鋭い太刀が出ていた。

彼の顔つきは、燦然と輝く太陽のようであった。

 

 

 私はその者を見た時、まるで死んだようにその足元にばったり倒れた。そこでその者は右手を私の上に置いて、こう言った。

 

 「恐れるな、わたしは最初の者であり、最後の者であり、

また現在生きている者である。

わたしは一度は死人となったが、しかし見よ、今や世々永遠の生ける者である。

そしてわたしは死の門と黄泉の国の門を開くカギを持っている。

それだから、今お前が見たこと、また今あること、そしてそれらの後に起ころうとしていることを書き留めよ。

 

 お前が私の右手に握られているのを見た7つの星と、7つの金の燭台との秘められた意味はこうである。それらの7つの星は7つの教会の使いたちであり、それらの7つの燭台は7つの教会である。」

 

 

 

 第2章

 

 エフェソにある教会に宛てた手紙

 

 「エフェソにある教会の使いに、こう書き送れ。

右手に7つの星を握る者、7つの金の燭台の真中を歩む者が、次のように語っている。

『わたしはお前の善き行いを、そして、お前の苦労や忍耐を知っており、それにお前が悪を行う者達に我慢がならないことも知っている。

それにお前は、使徒ではないのに自分達は使徒であると自称する者達を試し、彼等が偽物であると見抜いた事も、わたしは知っている。

お前は忍耐強く、わたしの名ゆえに大変苦労し、決して倦み疲れることはなかった。

しかし、お前が初めに持っていたわたしへの愛から離れてしまったことでは、お前に苦情を言いたい。

 

 それゆえ、お前がどこから転落してしまったのかを思い出して悔い改め、お前が初めに行っていたことを行え。さもなければ、私はお前のところにやって来て、お前の燭台をその場所から取り除いてしまう、もし、お前が悔い改めるのでなければだ。

しかし、お前がニコライ派の人々の行いを憎んでいること、そのことはお前の取り柄である。彼等の行いをわたしも憎んでいる。

 

 

◆補足文

(※ニコライ派について…

ニコライ派は、神の前では平等な祭司であるべきクリスチャンの間に、支配するべき者と支配される者の体制(階級制度)をつくりました。これはイエス・キリストの教えではまったくないものです。もとは、エルサレム教会の執事であったアンテケオのニコラオが、真理を捨て、グノーシス派を創設したことに端を発しています。この一派は、異教徒の偶像を信奉し、著しい不品行、みだらな行為を行っていました。好色を抑制するためには好色全容を知り尽くすべきとした考え(どっかの宗教と同じ)を持ち、教会内で情欲にふけっていました。)

 

 聞く耳のある者は、霊が諸教会に告げることを聞け。

勝利する者には、わたしは神の楽園に立っている生命(いのち)の木の実を食べる特権を与えよう。』」

 

 

 

 スミュルナにある教会に宛てた手紙

 

 「スミュルナにある教会の使いには、こう書き送れ。

最初の者にして最後の者、一度は死人となったが、生き返った者が、次のように語っている。

『わたしはお前が患難に苦しみ、貧しさに喘いでいること、それにもかかわらず、お前が本当の豊かさを持っていることを知っている。それに、自分達はユダヤ人であると自称する者達からお前が受ける中傷についても、わたしは知っている。

彼等は、ユダヤ人であると自称してはいるが、実はそうではなくて、サタンの会堂に属する者達である。

お前が蒙ろうと(こうむろう)としている苦しみを恐れてはならない。

 

 よいか、悪魔はお前達の信仰を試みるために、お前達の中から何人かを獄に投げ入れようとしている。お前達は※10日間迫害を受けるであろう。

しかし、死に至ろうとも、わたしに忠実であれ。

そうすれば、わたしはお前に生命の冠を与えよう。

聞く耳のある者は、霊が諸教会に告げることを聞け。

勝利する者は、決して第二の死によって傷つけられることはないのだ。』」

 

(※10日間…象徴的な日数。短期間という意味あい。※第二の死…第一の死が肉体の死であるのに対して、第二の死は最後の審判で下される最終的な滅びのこと。)

 

 

◆補足文

彼等は、ユダヤ人であると自称してはいるが…サタンの会堂に属する者達である。

これは、言わずもがなですね。世の支配者層の連中であり、現在の言い方をすればアシュケナージユダヤ人のこと、サタン・カルトの連中を指しています。)

 

 

 

 ペルガモンにある教会に宛てた手紙

 

 「ペルガモンにある教会の使いには、こう書き送れ。

『鋭利な諸刃の太刀を持った者が、次のように語っている。

わたしはお前がどこに住んでいるか知っている、

そこに、サタンの王座があることもだ。

それでも、お前がわたしの名を堅く信奉して、わたしへの信仰を否認しなかったこと、それも、私の忠実な証人で、殉教したアンティパスの時代においてさえもそうであったことをわたしは覚えている。

アンティパスはサタンが住むお前の町で殺されたのだった。

 

 

わたしはお前が何処に住んでいるのか…

ペルガモンの町の中央の丘の上には、ゼウス神に献げられた壮大な祭壇が建てられていた。もしくはアスクレピオス神殿か、皇帝礼拝の神殿のこと。)

 

 

 しかし、わたしはお前に苦情を言いたいことが少しばかりある。

すなわち、お前のもとには、バラムの教えを堅く信奉する者達がいる。

バラムはバラクに、イスラエルの子等が躓くように謀ることを教えた。

彼等が、偶像への供物を食し、淫行を行うようにである。同じく、お前は、ニコライ派の教えを堅く信奉する者達にも寛容だ。

 

 だから、悔い改めよ。さもなくば、わたしは瞬く間にお前のもとに行って、太刀のように鋭いわたしの口でもって、彼等と戦うであろう。

聞く耳のある者は、霊が諸教会に告げることを聞け。

勝利する者には、わたしは隠されたマナを食べさせ、白い小石を与えよう。

その小石の上には、それを受け取る者以外は誰も知らない新しい名前が書かれているのだ。』」

 

(※文面でも分かる通り、バラムと以下のイゼベルの教えもどちらも、ニコライ派と同じ性的な不品行を教えた。※白い小石は天上界の輝き、それに属するものを意味する。)

 

 

 

 テュアティラにある教会に宛てた手紙

 

 「テュアティラにある教会の使いには、こう書き送れ。

『燃える炎のような目を持ち、その足はつやのある真鍮のようである神の子が、次のように語っている。

 

 わたしはお前の善き行いを知っており、お前の愛と信仰と奉仕と忍耐とを知っており、またお前の最近の行いが初期の行いに勝っていることも知っている。

しかしそれでも、わたしにはお前に対して苦情を言いたいことがある。

なぜなら、お前は女預言者だと自称するあの女イゼベルをそのなすがままにさせて、そのため、あの女はわたしの僕達に誤った教えを与え、また惑わして、彼等に淫行を行わせ、偶像に捧げられた供物を食べさせているからである。

 

 わたしはかの女が悔い改めるために猶予を与えた。

それなのに、彼女は悔い改めて淫行を止めようとしない。だから、わたしはかの女を病の床に伏させる。また、彼女と姦通する者達が、悔い改めて彼女の諸々の淫乱なる行いから離れるのでなければ、彼等を大いなる苦しみに会わせる。そして、彼女の子供達をも、わたしは死でもって打ち殺す。

 

 こうして、全ての教会が、わたしは人の心と想いとを探し出す者であることを知るであろうし、また、わたしはお前達の一人一人に、お前達の行いに応じて、相応しい報いを与えるであろう。

しかし、他のテュアティラにいる信徒の中で、そのような教えを受け容れず、あの者達が言うところの「サタンの深み」を学ばなかった者達に言うのだが、わたしはお前達には新たな重荷を負わせないつもりだ。

ただ、お前達が今持っているものを、わたしがやって来る時までしっかり握りしめておれ。

勝利する者、またわたしが望む行いを最後まで行い続ける者、その者にわたしは諸民族を支配する権威を与えよう。

 

彼は鉄の杖でもって、彼等を支配する。

あたかも陶器が粉々に打ち砕かれるように。

(※これはメシアに関する預言、<詩編8-9>とみなされていた。)

 

わたしもまた同じように、わたしの父から権威を受けたのである。

かの者(勝利者)に、わたしは明けの明星を与えよう。

聞く耳のある者は、霊が諸教会に告げることを聞け。』」