tekuteku-tekutekuの日記

聖書研究と陰謀論

魔術 5.

【魔術】

 

 

 

 ■ ドルイド僧の物語ーケルト神話と魔術ー

 

 

 ケルト人は当初ヨーロッパ全土に広がっていたが、中世にはアイルランドスコットランドウェールズコーンウォール、ブリタ―ニュにいるだけになった。

古代ケルト人は、豊かな神話と魔術を生み出したが、ほぼ口承文化であったため、今も残る伝統や文化は、古代ギリシャやローマの書物の記録や、中世のキリスト教徒が記した物語を介した間接的なものである。ケルト人自身が書いたものは皆無で、実際にどのような信仰や習慣があったのか、どこが誤解で、記録者が勝手に追加した内容なのか、どの部分がケルト神話なのか分かりづらい場合がある。

 

 

 ドルイド

 

 ドルイドは、歴史的に賢人や教師、神官が多かったようだが、時に魔力を持っていたとも記されている。そうした魔術や信仰は自然に根差したものだと考えられる。というのも、ドルイド僧の儀式の多くは聖なる林の中で行われていたからだ。

ローマ時代の著述家大プリニウスによると、ドルイド僧は、白い液を垂らすヤドリギには魔力があり、豊穣をもたらすと考えていた。またプリニウスは、動物を生贄にし、ヤドリギを集める儀式では白い牡牛2頭を殺したとも記している。

 

 ドルイド僧に関する歴史的資料の大半は、プリニウスユリウス・カエサル7などがローマ時代に書き残したものだ。ただ、同じような物語は、昔のウェ―ルズやアイルランドの物語にも登場する。いずれもケルトを祖先に持つ民族だ。……

 

 

 

◆補足文

ドルイド僧が、その宗教儀式において、巨人像に人間を詰め込み、生きながら焼き殺していたことが知られています。近年の考古学上の発見においても、ドルイド僧が従来のイメージ、神秘的で謎めいた崇高な感じのするものではないということが判明しています。

 

 ユリウス・カエサルは、ドルイドのことを「祭事に従事し、公的および私的な生贄の儀式を行い、宗教に関するあらゆる物事を解釈する人々であり、また、彼等は天文学や教育、武勇に関心があり、神の恩恵を受けるために、仲間のガリア人を生贄として捧げる習慣がある。」と述べています。

そして、網細工で作った巨大な人型の檻「ウィッカーマンの中に生きている人間を閉じ込め、火をつけたといいます。

ドルイドは血を好み、ヤドリギと人間の生贄の両方を神聖視していました。

軍人の大プリニウスは、ドルイドを「人を殺すことは、最も信心深い行為であり、その肉を食べることは、最高の健康の祝福を得ることだった。」と書き記しています。

更に歴史家であり政治家のタキトゥスは、ウェールズでの戦いで、ドルイドが「祭壇に捕虜の血をかけて内臓を捧げ、神々に祈っていた。と述べています。

 

 こんな恐ろしくおぞましい古代ケルトドルイド僧の儀式ですが、まさか消滅したはずのこの儀式が、現代のエリート層達の夏のお祭りイベントとして受け継がれているのをあなたは知っているでしょうか?

それはバーニングマンです。

 

 彼等エリートの主催者側は、そのイベントを別の偽善的な理由を掲げて行っています。もちろん、現代ではこのイベントで人間を生贄にはしていません。しかし、明らかに「バーニングマン」のお祭りは、この古代ドルイド儀式を模して行われているものと噂されているのです。

(実際、祭りのクライマックスには巨大な人型の像を燃やして祝っています。)

主に砂漠で行われるようですが、アメリカの各地とオーストラリア、フランス、イスラエルニュージーランド南アフリカウクライナ、そして日本でも行われています。

こんなイベントに憧れて行こうなんてするやつの気が知れません。

 

 さらに、「ハロウィーン」もこのドルイドの儀式と深い繋がりがあることも有名です。

YouTubeハロウィーンの起源/ドルイド教の残酷な生贄儀式』

 (2015年10月12日)Eden Mediaさん配信         )

 

 

 

 

 アイルランド神話

 

 ケルト伝承がとりわけ色濃く残っているのがアイルランド神話で、吟遊詩人や美しい乙女、超自然の力を持つクフ―リンなどの戦士の物語であふれている。そこにはまた、古代アイルランドの神であり、アイルランドの最初の住民でもあるとされる魔物達による魔法競争、トゥアハ・デ・ダナーンの物語もある。これらの物語には不思議な行動や武器が数多登場する。

例えば、職人の神ルーが持つ魔法の槍は、自ら飛び、狙ったものを必ずしとめた。多くのアイルランド神話には変身術が出てくるが、これは万物は相互につながるとするケルト信仰を反映している。

助けられた妖婆は美しい乙女に変わり、魔術師は鹿や鷹に変身し、敵を豚や馬に変えてしまうのだ。ケルト神話の中でも最もおぞましい生き物バンシーは、アイルランドスコットランドノルウェーの神話にも登場する。アイルランドのバンシーは、あちこちの墓地に潜んでいる。野蛮な女の姿で、神を長く垂らし、泣き明かして真っ赤になった目で恐ろしい泣き声を上げて、人の死を宣告するのだという。

 

 

 

 妖精の国 

 

 アイルランドでは、ケルト神話はあの世の存在への強い信念に結びついていた。ティル・ナ・ノーグという不老不死の国もその1つだ。シsiと呼ばれる魔法の盛土が入口のその国には、アオス・シ人が住む。彼等は、ケルト族に敗れて地下世界に閉じ込められた一族、トゥアハ・デ・ダナーンであるとされた。アオス・シは、自分達の特別な地を守るため時に狂暴になった。そこで人々は彼等の話をする時は「妖精達」と呼んで怒らせないよう気を使ったという。

 

 

 

 ■ 私の言葉どおりに物事は創造されるーユダヤ魔術と神秘主義

 

 

 タナハ(ヘブライ語聖書)は、魔術の大半を否定していたものの、中世にはラビも含めたユダヤ社会のありとあらゆる階層の人々がこれを利用していた。

タナハに記された物語の中にも、支配者達が魔術を行う例が出てくる。例えば、モーセの物語では、モーセの兄アーロンがファラオの前に杖を放り投げると、それはたちまち蛇に変身したという。ユダヤ教の聖なる経典であるバビロニア・タルムードにも、呪い、お守りなど、何らかの魔術に関する記述がある。

 

 

 

 呪術の言葉

 

 中世ユダヤ魔術においては、言葉が大きな役割を果たしていた。ユダヤの伝統では、ヘブライ語は神を起源としており、その文字には創造の力があるのだ。例えば、タナハによると、神は言葉を発するだけでこの世界を創造した。

ユダヤ人の中には、言葉と文字を適切に組み合わせることで、悪魔を退治し、予言するなど、どんなことでも可能だと信じた者達もいた。神や天使の名前に使われている文字はとりわけ大きな力があると考えられた。

宗教用語をもとにした呪文も積極的につくられた。ある文書によると、日々の祈りに魔法の言葉を足し、例えば死者を呼び覚ますといった特定の目的を果たすため、一連の呪文に仕上げたものもあったという。

 

 魔術と宗教用語の間の強い関係は何世紀にもわたって続いた。とりわけユダヤの神秘的な伝統であるカバラはそうであった。魔術を研究するユダヤの学者は、古代アラム語、第二神殿時代(紀元前539~紀元70年)のイスラエルの日常語、およびタルムード語の研究内容から大きな影響を受けた。

最も有名な魔法の言葉は「アブラカダブラ」ともいわれているが、これはアラビア語のavra Kdavraが語源で、「私の言葉どおりに物事は創造される」という意味だ。

 

 

 

 魔術書

 

 ユダヤ女性の多くは、病気や不妊など、日常生活で起こる問題に対処するための魔術を熟知していた。一方、ラビなどの学者、特に男性は、研究として魔術を実践し、それらは中世に魔術書として書き留められるようになった。『正しい記録の書』、『大いなる秘密』、『秘密の書』などは、癒しを与え、愛情を刺激し、幸運を呼び、痛みをもたらし、悪魔を消滅させるための処方箋として参考にされた。

 

 

 

 護符とお守り

 

 中世の多くのユダヤ人は、苦しみをもたらす悪霊シェディムの存在を信じていた。特に恐れられていたのは夜の悪魔リリスで、子供や出産時の女性を餌食にするとされていた。カメア(お守り)は、そうした霊から身を守るものとして普及していた。

人気の材料は狐の尾や深紅の糸など。またテクマ(保存石)も流産防止に身に着けられた。お守りには文字が刻まれることが多い。つまりユダヤ魔術で最も強力と考えられる要素、言葉、が添えられているのだ。

 

 詩編126などの教義を書き込んで家の周りに置けば、子供達を守ることができるとされた。他にも、天使の名前や伝統的な魔法の言葉を金属板に彫り込んで首にかけたり、家具や家財道具などに呪文を彫るなどの方法があった。

特に強力なお守りはソロモンの指輪である。そこに彫られた星型のシンボルは、中世の著述家によると、ソロモンの印章付き指輪に神自身が彫ったものなのだとか。その封印により、ソロモンは悪霊シェディムをも支配する力を持った。星は5角形ないし、6角形で、三角形を重ねた形が悪魔の目をくらませるのだという。

 

 

 

 カバラ

 

 「カバリスティック」という言葉は現在では秘密、神秘的という意味でよく使われる。その語源の「カバラ」は、ユダヤ教神秘主義的思想を表しており、神性を理解し、つながり、さらに影響を及ぼすことを意味する。

カバラが登場するのは1230年、『ゾーハル』という書の中だ。この文献を発見したスペイン人ラビによると、これはそれより1千年以上前の2世紀に存在した聖人の物語なのだとか。

『ゾーハル』は、トーラー(タナハの最初の5つの経典)の隠れた意味、神聖なるものの要素、を明らかにするとされた。そしてこれらの意味を慎重に調べることで、それを読む者と神との神秘的な合体が可能となると信じられたのである。

 

 カバラの学術的、神学的価値は、その後のユダヤ教思想において極めて重要な役割を果たした。しかし、もう一つの別の側面もあった。それは「実践的カバラ」といわれ、単に神に近づくだけではなく、世界に影響を及ぼすというものだ。

14世紀以降、実践的カバラの信奉者は、神や天使の名を使ってお守りを作ったり、呪文の中に取り込んだりして、この思想を実行に移した。彼等はユダヤの他の神秘的伝統も組み合わせた。その中にオネイロマンシー(夢占い)や、悪魔思想などもあった。

例えば、15世紀のカバラの書である『神の風の書』には、呪術を使って悪魔や天使、さらには神さえも呼び出す方法が記されている。

 

 

◆補足文

(※『ゾーハル・カバラーの聖典』エルンスト・ミュラー編訳/石丸昭二訳より

 

 ゾーハルの解説(簡単にですが…)

ゾーハルはほぼ13世紀の終わりに』スペインに登場する。しょっぱなから神秘主義的起源の要求を引っ提げて、学者にしてカバリストのモーセス・ベン・シェムトープ・デ・レオン(1250ー1305)がこの書をラビ・シモン・ラビ・ベン・ヨハイの策として広める。この人物は紀元2世紀の最も偉大なタルムードの権威の一人で、彼についてはつろにタルムードの伝説が不思議なことを伝えている。……

 

 

本書の「ゾーハルについての声」において以下のお2人の感想が素晴らしいので抜粋します。

 

 ゲルショム・ショーレム著『ユダヤ神秘主義』の中で、ゲルショムは、「ゾーハルは、その根底にある思想を展開させるというよりは、むしろそれを応用し、それらを自分の説教に使用するのだ。このことは言っておかねばならないが、著者はまさに独創的な説教者である。彼の手にかかると、聖書のおよそ何気ない詩句がまったく思いもよらない意味にかちえる。幾多のこうした論述に直面すると、批判的な読者すら、何かこれこそがトーラーの幾多の箇所の真の意味内容なのではなかろうかという考えが、批判的意識にはバカバカしく思われながらも忍び寄って来るのだ!そのうえ著者は、たいていの場合繰り返し神秘的主義的なアレゴリー化に没頭し、神秘主義的○○に耽ることも稀ではないが、しかし彼の言葉からは、一切ならず慄然(りつぜん)とするような秘密の深淵が顔をのぞかせている。」

 

 

 

 マルティン・ブーバー『ハシディームの書』より、

 マルティンは、次のように言っています。

「したがって、ユダヤ神秘主義の力がそれを生み出した民族の本来の特性から来ているのなら、それは更にこの民族の運命も刻印されていた。

ユダヤ人の流浪と苦難は再三彼等の魂を震撼させ、絶望のどん底に陥れたが、そこから忘我の閃光が発するのはいともたやすいことである。しかし、それは同時にユダヤ人がこの忘我の純粋な表出を拡充する妨げとなり、また彼等が必要なこと、自らの体験と、余計なこと、拾い集めたものとを混同し、苦しくて自身の事は言えないと言う気持ちで他人のことを喋りまくるいわれともなったのである

 

 『ゾーハル』、『光輝の書』のような書はそのようにして生まれた。それは魅力あるものにして嫌悪すべきものである。アレゴリックな解釈によって読むに耐えるものとはならない粗っぽい擬人化、曖昧な気取った言語で格好つける索漠とした冴えない思弁、それらの真中に再三再四ひっそりした魂の奥底がきらりと光って見える。……

 

 

  ……ということで、「カバラ」は悪魔崇拝者達の聖書です。そして、それを賞賛している『ゾーハル』も同じものといえます。上記抜粋した2人の感想文のように、『ゾーハル』の内容は、まさにユダヤのラビ達が『旧約聖書』を自分勝手に解釈し、歪ませたものとなっています。)