tekuteku-tekutekuの日記

聖書研究と陰謀論

『イザヤ書』11,

イザヤ書

 

 

 【第34章】

 

 

 

 諸国民への審判

 

 国々よ、近づいて聞け。

国人達よ、耳を傾けよ。

聞け、地とそこに満ちるもの、

世界と総てそこから生え出たものよ。

まことにャハウェには、総ての国に対する怒りが、

総ての軍勢に対する憤りがある。

 

 彼ャハウェは彼等を絶滅し、彼等を殺戮に任せた。

彼等のうち殺された者達は投げ捨てられ、その死体から悪臭が立ちのぼり、

その血によって山々は溶け去る。

天の万象は腐り、天は巻物のように巻かれる。

(※天の軍勢である星辰が滅びる)

その万象は枯れる。

丁度、葡萄の葉が枯れるように、またいちじくの枯れるように。

まことに、天でわが剣は満ち足りている。

 

 見よ、それはエドムの上へと、

公正のためわたしに捧げられた民の上へと下る。

ャハウェは一振りの剣を持つ。

それは血で満たされ、脂肪で肥え太っている。

子羊や山羊の血で、また雄羊の腎臓の脂肪で。

 

 ャハウェのために、ボツラエドムの主要都市)で生贄が、

エドムの地で大殺戮がなされるからだ。

野牛たちは彼等と共に、雄牛たちは荒々しい者達と共に倒れる。

彼等の地は血で満ち足り、その土は脂肪で肥やされる。

まことにャハウェにとって復讐の日。

シオンの訴えのために仇を返す年が来る。

 

 そこの川は樹脂に、そこの土誇りは硫黄に変わり、

その地は燃える樹脂となる。

夜も昼もそれは消えず、永遠にその煙は立ちのぼる。

代々に渡ってそこは廃墟となり、未来永劫に渡ってそこを通る人はいない。

ふくろうと針鼠がそこを占領し、みみずくと烏(からす)がそこにに住み着く。

 

 彼ャハウェは、その上に混乱の計り縄を張り、虚無の重りを下げる。

そこに貴族達はいるが、その中に王権を宣言する者は誰もいない。

総ての高官達も無に帰する。

そこの宮殿には荊棘(けいきょく)が、

そこの要塞にはイラクサやあざみが生え、

ジャッカルたちの寝ぐら、ダチョウの子らの住処となる。

荒野の獣たちは山犬たちと出会い、野山羊はその友を呼ぶ。

 

そこには※夜の魔女も憩い、己のために休み場を見つける。

(※夜の魔女=言語はリリトは、メソポタミア起源の女デーモンのこと。ヘブライ語のライル(夜)と発音が似ているので夜の魔女と解されました。)

 

そこには蛇も巣を作って逃れ、穴をうがって卵を自分の陰に集める。

そこにはまた、鳶(とび)もそれぞれ番(つが)いで集まる。

 

 ャハウェの書から調べて読め。

これらのうち一つも失われない。

それぞれ番いの片方を欠くことはない。

まことに、ャハウェの口こそが命じ、

彼の霊こそがこれらを集めたからである。

ャハウェは彼等のためにくじを引き、

彼の手がこれを計り縄で測って彼等に分け与えたので、

永久に至るまで彼等はこれを所有し、

代々に渡ってこの中に住むであろう。

 

 

 

 

 【第35章】(省略)

 

 【第36章】

 

 

 

 アッシリアの王センナケリブ、ユダに攻め込む

 

 ヒゼキヤ王の第14年に、アッシリアの王センナケリブは、ユダの総ての城壁のある町々を攻めて、これを取った。アッシリアの王は、ラブ・シャケを大軍と共にラキシュからエルサレムに、ヒゼキヤ王のもとへと送った。

(※ラブ・シャケは「献酌長」を指す役職名。王の杯に酒を注ぐ高官。

※ラキシュはエルサレム南西45kmの地点にある要塞都市。元来はアモリ人の町だが、この時代はユダヤ人が居住していたらしい。)

 

彼等はエルサレムに向かって上って来た。彼は布さらしの野に向かう大路にある、上の池の水道のそばに立った。そこで、ヒルキヤの子で宮廷長のエルヤキム、書記官シェブナ、アサフの子で史官のヨアが彼の所へ出て行った。

ラブ・シャケは彼等に言った。

「ヒゼキヤに伝えよ、大王アッシリアの王はこう言われる。

『お前は一体何に拠り頼んでいるのか。口先だけの言葉が戦略であり、戦力であるとでも思っているのか。今、お前は誰に拠り頼んで私に刃向かうのか。

見よ、今お前はエジプトという、あの折れた葦の杖を頼みにしているが、それは寄りかかる者の手を刺し通すだけだ。

エジプトの王、ファラオは彼を拠り頼みにする総ての者にそのようにする。お前は、「我々は我々の神、ャハウェに拠り頼む。」と言っているが、そのャハウェとは、ヒゼキヤが高き所や祭壇を取り除いておいて、ユダとエルサレムに向かい、「この祭壇の前で礼拝せよ。」と言った、そんな神ではないか。』と。

 

◆補足文

偶像崇拝の像は、主として丘や山の上にあり、ヒゼキヤはャハウェを信仰していたために、この異教の神々の祭壇を取り除いた。それを知ったアッシリアの王は

「ャハウェなど、異教の神々の後釜に過ぎないではないか。」と皮肉った言葉。)

 

 

 さあ、今我が主君、アッシリアの王と賭けをせよ。もし、お前の方で乗り手を用意出来るなら、私はお前に2000頭の馬を与えよう。戦車と騎兵に関してエジプトを拠り頼みにしているお前に、我が主君の家来のうちの最も小さな総督の一人をさえ、どうやって撃退することが出来るのか。

私は今、ャハウェと関わりなくこの所を滅ぼしに上って来たのだろうか。ャハウェが私に、『この地に向かって攻め上り、これを滅ぼせ。」とお命じになったのだ。」

 

 エルヤキムとシェブナとヨアは、ラブ・シャケに言った。

「僕どもはアラム語が分かりますので、どうかアラム語でお話し下さい。城壁の上にいる民が聞いている所で、私どもにユダの言葉で話さないで下さい。」

 

 だが、ラブ・シャケは言った。

「我が主君が、これらのことを告げる為に私を遣わされたのは、お前の主君やお前のためだろうか。むしろ城壁の上に座っている者達の為ではないのか。彼等もお前達と一緒に自分の糞尿を飲み食いしなければならなくなるのだから。」

 

 それからラブ・シャケは前に出ると、ユダの言葉で大声で呼ばわり、こう言い放った。

「大王、アッシリアの王の言葉を聞け、王はこう言われる。

『ヒゼキヤに騙されるな。彼はお前達を救い出すことは出来ない。お前達はヒゼキヤに迷わされて、ャハウェに信頼してはならない。

彼は「ャハウェが必ず我々を救い出して下さる。決してこの都がアッシリアの王の手に渡されることはない。」などと言っているが。』

 

 ヒゼキヤの言う事を聞くな。アッシリアの王がこう言われるからだ。

『私と和を結び、降伏せよ。そうすればお前達はそれぞれ、自分の葡萄と自分のいちじくの実を食べ、自分の水槽の水を飲むことが出来る。やがて私が来て、お前達をお前達の地と同じような地、穀物と新しい葡萄酒の地、パンと葡萄畑の地に連れて行く。』と。

 

 ヒゼキヤが、『ャハウェが我々を救い出して下さる。』と言うのに、お前達は欺かれないように。諸国の神々の中で誰か、自分の国をアッシリアの王の手から救い出したのか。ハマトやアルパドの神々はどこにいるのか。

(※ハマトはBC720年に、アルパドはBC740年にアッシリアの属州となった。)

セファルワイムの神々は何処にいるのか。彼等はサマリアを私の手から救い出したか。

(※セファルワイムはBC722年にアッシリアによって征服された、北アラムの町。)

国々の総ての神々のうち、どの神が自分の国を私の手から救い出したか。それでもャハウェはエルサレムを私の手から救い出すとでもいうのか。」

 

 

 しかし人々は押し黙って、彼に一言も答えなかった。「彼に答えてはならない。」というのが、王の命令だったからである。

ヒルキヤの子である宮廷長エルヤキム、書記官シェブナ、アサフの子である史官ヨアは衣を裂き、ヒゼキヤのもとに来てラブ・シャケの言葉を伝えた。

 

 

 

 

 【第37章】

 

 

 

 ヒゼキヤ、預言者イザヤに助言と祈りを乞う

 

 ヒゼキヤ王はこれを聞くと衣を裂き、粗布を身にまとってャハウェの神殿に行った。彼は宮廷長エルヤキム、書記官シェブナ、および祭司の長老達にも粗布をまとわせて、アモツの子預言者イザヤのもとに遣わした。

彼等はイザヤに言った。

「ヒゼキヤはこう言っておられます。

『今日は苦しみと、懲らしめと、辱めの日です。胎児は産道に達しているのに、これを産み出す力がないのです。あそらくあなたの神、ャハウェは生ける神を罵るために、その主君、アッシリアの王によって遣わされてきたラブ・シャケの総ての言葉をお聞きになったことでしょう。あなたの神ャハウェは、お聞きになったその言葉を叱責なさるでしょうが、どうかあなたは、まだいる残りの者達のために祈っていただきたい。』」

 

 ヒゼキヤ王の家臣達がイザヤのもとに来た時、イザヤは言った。

「あなたたちの主君にこう言いなさい。ャハウェはこう言われる。

『あなたはアッシリアの王の従僕達がわたしを冒瀆する言葉を聞いても、恐れてはならない。見よ、わたしは彼の中に一つの霊を入れる。彼は噂を聞いて自分の地に引き返す。わたしは、その地で彼を剣にかけて倒す。』」

 

 

 

 センナケリブの再度の要求

 

 ラブ・シャケは、アッシリアの王がラキシュから移動したということを聞いて引き上げ、リブナエルサレムの南西約30kmの地点にある町。)を攻撃していた王と落ち合った。

王はクシュの王ティルハカについて、「見よ、彼はあなたと戦おうとして軍を進めている。」と聞き、再度ヒゼキヤに使者達を遣わして言った。

(※ティルハカはエチオピア出身で後にエジプトを支配し、シリア・パレスティナの反アッシリア運動を支援した王。)

 

「ユダの王ヒゼキヤにこう言え、

『お前がより頼んでいるお前の神に騙され、エルサレムアッシリアの王の手に渡されることはない。などと言ってはならない。お前はアッシリアの王達が総ての国々にしたこと、それらを全滅させたことを聞いたはずだ。それでも、お前だけは救い出されるというのか。

私の先祖達は、ゴサン、ハラン、レッェフを、またテラサルのエデン人達を打ち滅ぼしたが、これらの国の神々は彼等を救い出したか。ハマトの王、アルパドの王、またセファルワイム、ヘナ、イワといった町の王は何処にいるか。』」

 

 

 

 祈るヒゼキヤ

 

 ヒゼキヤは、その手紙を使者の手から受け取って読むと、ャハウェの神殿に上がって行って、それをャハウェの前に広げた。ヒゼキヤはャハウェの前で祈った。

「ケルビムの上に座しておられるイスラエルの神、ャハウェよ。あなただけが地上の総ての王国の神であり、あなたが天と地をお造りになったのです。

ャハウェよ、耳を傾けてお聞き下さい。ャハウェよ、目を開いて見て下さい。

生ける神を罵るためにセンナケリブが送ってよこした総ての言葉をお聞き下さい。

 

 ャハウェよ、確かにアッシリアの王達は諸国とその国土を廃墟としました。彼等はその神々を火に投げ込みました。それらは神ではなく、人間が手で造った物、木や石に過ぎず、だから彼等は滅ぼすことが出来たのです。

私達の神、ャハウェよ、どうか私達を彼等の手から救って下さい。そうすれば、地上の総ての王国は、ャハウェよ、あなただけがャハウェであるという事を知りましょう。」

 

 

 

 イザヤ、センナケリブの没落を預言する

 

 アモツの子イザヤは、ヒゼキヤに人を遣わして言った。

イスラエルの神、ャハウェはこう言われる。

アッシリアの王センナケリブのことであなたがわたしに献げた祈りをわたしは聞いた。』これは、ャハウェが彼について告げられた言葉である。

 

 処女である娘シオンは、お前を辱めお前をあざ笑う。

エルサレムは、お前に背を向け、頭を振る。

お前は誰を罵り、謗(そし)ったのか。

誰に向かって大声をあげ、高慢な目を上げたのか。

イスラエルの聖なる方に向かってだ。

お前は死者を送り、主を謗って言った。

『私は多くの戦車を率いて、山々の頂に駆け登り、レバノンの奥深くまで分け入って、

その最も高いもみの木と、最も見事な糸杉を切り倒し、その最果ての宿営地、

緑深き森林に達した。私は井戸を掘って水を飲み、エジプトのナイルの総ての流れを、

私の足の裏で干上がらせた。』と。

 

 お前は聞かなかったのか。

遥か昔から、それはわたしが成し、

いにしえの日から、それをわたしが計画し、

今、それを果たしたことを。

それでお前は城壁の町々を破壊し、瓦礫の山にしたのだ。

,

 その住民は力を失い、打ちのめされて恥に覆われ、

野の草、青菜のように、屋根の草のように、東風にあって枯れてしまう。

お前が座るのも、出て行くのも、入るのも、私は知っている。

またわたしに向かって怒りに震えていることも。

 

 お前がわたしに向かって怒りに震え、その高ぶりがわたしの耳に届いたので、

わたしはお前の鼻に鉤をかけ、お前の口にくつわをはめ、

お前をもと来た道に引き戻そう。

 

 

 

 ヒゼキヤへの徴

 

 あなたに与えられた徴はこうである。

今年は、あなたは落ち穂から生じた穀物を食べ、

2年目は、自然に生じたものを食べる。

しかし3年目には、あなたは種を蒔いて刈入れ、葡萄畑を作ってその実りを食べる。

 

 ユダの家の逃れて残った者は、再び根を下ろし、上に向かって実を結ぶ。

まことに、エルサレムから残りの者が、シオンの山から逃れた者が出て来る。

万軍のャハウェの熱心がこれをする。

 

 それ故、ャハウェはアッシリアの王について、こう言われる。

『彼がこの町に入ることはない。また、ここに矢を射ることも、

盾を持ってこれに向かって来ることも、これに対して塁を築くこともない。

彼は来た道を引き返し、この町に入ることはない。』

と、ャハウェの御告げ。

 

『わたしはこの町を守り抜いて救う。

わたしにために、わが僕ダビデのために。』

 

 

 

 センナケリブの死

 

 こうしてャハウェのみ使いが出て行って、アッシリアの陣営で185000人を打ち殺した。人々が朝早く起きてみると、見よ、みな死体になっていた。アッシリアの王、センナケリブは立ち去り、帰ってニネヴェに留まった。

 

 ある時、彼がその神、ニスロクの神殿で祈っていた時、その子のアドラメレクとサルエッェルが剣を持って彼を殺した。彼等はアララトの地に逃れた。

(※アッシリアの北、険しいアルメニア山系の一地方。)

そしてその子、エサルハドンが代わって王になった。

(※センナケリブの息子の一人。父王に王位継承者とされ、それをねたんだ兄達から追われて亡命したが、父の暗殺を聞いてニネヴェに戻り、兄達を殺して即位した。在位はBC681年~669年でアッシリア帝国の最後から2番目の王。)

 

 

 

 

 【第38章】(省略)

 【第39章】(省略)

 

 

 ここまでが第一イザヤでした。